<「愛」について>
1 ★
「愛より尊いものがあるでしょうか?愛は存在よりも高く、愛は存在の輝ける頂点です。」
(『悪霊』のステパン氏の言葉。新潮文庫の下巻のp507。)
2 ★
「愛、実にこれが、人生のすべてだよ。」
(『地下室の手記』より。)
3
「時間をもっても、空間をもっても、はかることのできない無限の生活において、ある一つの精神的存在物(=人間)は、地上の出現によって『われあり、ゆえに、われ愛す』という能力を授けられた。彼は実行的な生きた愛の瞬間を、一度、たった一度だけ与えられた。これがすなわち地上生活なのである。それと同時に、時間と期限が与えられた。ところが、いかなる結果が生じたか?この幸福な生物は限りなくとうとい賜物(たまもの)をこばんで、尊重することも愛好することも知らず、嘲笑(ちょうしょう)の目をもってながめながら、冷笑な態度を持(じ)していた。 (以下、略) 」
(『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老の言葉。第6編の(I)。新潮文庫の中巻のp114〜p115。)
4
「人間には、愛がありさえすれば、幸福なんかなくたって生きていけるものである。」
(『地下室の手記』の第2部の6より。新潮文庫のp143。)
5
「愛は、すべてのものをあがない、すべてのものを救う。現にわしのようにお前と同様罪深い人間が、お前の身の上に心を動かして、お前をあわれんでおるくらいじゃによって(=くらいだから)、神さまはなおさらのことではないか。愛はまことにこの上ない尊いもので、それがあれば世界中を買うことでもできる。自分の罪は言うまでもない、人の罪でさえ、あがなうことができるくらいじゃ。」
(『カラマーゾフの兄弟』の第2編第3のゾシマ長老の言葉より。新潮文庫の上巻のp96。)
6
「つとめて自分の隣人を進んで怠(おこた)りなく愛するようにしてごらんなされ。その愛の努力が成功するにつれて、神の存在も自分の霊魂の不死も確信されるようになりますじゃ(=なります)。もし隣人にたいする愛が完全な自己犠牲に到達したら、そのときこそもはや疑いもなく信仰を獲得されたので、いかなる疑惑も、あなたの心に忍び入ることはできません。これはもう実験をへた正確な方法じゃでな(=なのだよ)。」
(『カラマーゾフの兄弟』の第2編第4のゾシマ長老の言葉より。新潮文庫の上巻のp105。)
7
「動物を愛せ、植物を愛せ、この世の全てを愛すのだ。全てを愛せば、ものごとに神聖な神秘が宿る。それにより、日々がより良いものだと感じるようになる。そしてついには、持てる限りの愛情でこの世のすべてを愛するだろう。」
(『カラマーゾフの兄弟』の第2編第4のゾシマ長老の言葉より。)
8 ★
「地上の地獄とは、愛のない生のことである。」
(『カラマーゾフの兄弟』より。)
9 ★
「地獄とは何か、それはもはや愛せないという苦しみだ。」
(『カラマーゾフの兄弟』より。)
10
「わたしは人類を愛するが、自分で自分に驚くのだ。人類全体を愛すれば愛するほど、個々の人間に対する愛が薄らぐのだ。」
(『カラマーゾフの兄弟』の第2編第4のゾシマ長老の言葉より。新潮文庫の上巻のp107。)
11
「人類を愛することは簡単である。しかし隣人を愛することは容易ではない。」
(『カラマーゾフの兄弟』より。)
12
「天使というものは、人を憎むことができないものでございますし、また人を愛さずにはいられないものでございます。いったいすべての人間を、すべての同胞を愛することができるものでございましょうか?わたしはこうした問いをよく自分の心に問うてみるのでございます。もちろん、それはできない相談ですが、むしろ不自然と言ってもよいくらいでございましょう。抽象的に人類を愛するということは、ほとんど例外なく自分ひとりを愛することになるのでございます。」
(『白痴』のナスターシャ‐フィリポヴナの手紙の中の言葉。第3編の10内。新潮文庫の下巻のp252。)
13
「空想の愛は、すぐに叶(かな)えられる手軽な功績や、みなにそれを見てもらうことを渇望する。また事実、一命をさえ捧げるという境地にすら達することもあります。ただ、あまり永つづきせず、舞台でやるようになるべく早く成就して、みなに見てもらい、賞(ほ)めそやしてもらいさえすればいい、というわけですな。ところが、実行的な愛というのは仕事であり、忍耐であり、ある人々にとってはおそらく、まったくの学問でさえあるのです。」
(『カラマーゾフの兄弟』の第2編第4のゾシマ長老の言葉より。新潮文庫の上巻のp109。)
、有容赦さんの投稿により掲載。
14
「自分の家の中に、自分の目の前に(対象が)あることが一番多いのに、なにも人間愛の大偉業を求めてがむしゃらにどこか遠いところへ突っ走ることはありません。」
(書簡より。)
15
「愛をともなう謙抑は恐ろしい力である。あらゆる力の中でも最も強いもので、他にその比がないくらいである。」
(『カラマーゾフの兄弟』の第6編第3のゾシマ長老の言葉より。新潮文庫の中巻のp109。)
※、上の文中の「謙抑」という言葉は、ドストエフスキーのキーワードの一つ。
16 ★
「愛なしにはなにも認識できない。愛によって多くのものを認識できる。」
(メモノートより。)
17
「愛のないところには、良識もまた育たない。」
(※所在、未確認。)
18
「愛は自己犠牲なしには考えられないものである。」
(『評論集』の中の「「ロシア報知への回答」より。)
19 ★
「愛は労働だ。愛もまた学びとらねばならないものだ。」
(『カラマーゾフの兄弟』より。)
20 ★
「愛は人間を平等にする。」
(『白痴』より。)
21
「家畜をあわれむことを知った百姓は、きっと自分の妻をもあわれむようになるに違いない。」
(『作家の日記』より。)
22
「いちばん大事なのは、自分を愛するように他人を愛するということだ。これがいちばん大事なのだ。これがすべてであって、これよりほかには何も必要でない。」
(『作家の日記』より。)
23
ラキーチン「人を愛するには、何か理由がなくちゃならない。ところで、きみたちはぼくに何をしてくれたい!」
グルーシェンカ「理由がなくたって、愛さなきゃだめだわ、ちょうどこのアリョーシャみたいにね」
(『カラマーゾフの兄弟』より。第7編第3。新潮文庫の中巻のp168。)
24
「長老さまもやはり、人間の顔は愛に経験の浅い多くの人にとって、しばしば愛の障害になると言っておいでになりました。しかし、じっさい人類の中には多くの愛がふくまれています。ほとんどキリストの愛に近いようなものさえあります。これはぼく自身でも知っていますよ、兄さん……」
(『カラマーゾフの兄弟』の第5編第4のアリョーシャの言葉より。新潮文庫の上巻のp455。)
25
「 (以上略) 世には自己の限界の中にだけひそんで、世間を憎んでいる魂があります。けれども、この魂に慈悲を加えてごらんなさい。愛を示してごらんなさい、たちまちこの魂はおのれの行ないをのろいます。なぜなら、この魂の中には多分に善良な萌芽(ほうが)がひそんでいるからであります。かような魂は、ひろがり、成長して、神の慈悲ぶかいこと、人々の善良公平なことを見知るでしょう。彼は悔悟の念と目前に現われた無数の義務とに慄然(りつぜん)として圧倒されるでしょう。 (以下略) 」
(『カラマーゾフの兄弟』の公判での弁護士フェチュコーヴィチの言葉。第12編第12。新潮文庫では、下巻のp447。米川正夫訳。)
26
「尊敬のない愛っていったいなんだろう!」
(書簡より。)
27
「愛情に満ちあふれた心には、悲しみもまた多いものである。」
(『小さな英雄』より。)
<「恋愛」について>
1 ★
「かまやしない、どうなったってかまうものか、――この一瞬のためには世界中でも、くれてやる。」
(『カラマーゾフの兄弟』において、モークロエ村にての、グルーシェンカとの逢瀬(おうせ)の際のドミートリーの言葉。第8編第8。新潮文庫の中巻のp333。米川正夫訳。)
2
「ああ!(逢瀬の時の)至上の法悦の完全なひととき!人間の長い一生にくらべてすら、それは決して不足のない一瞬ではないか?……。」
(『白夜』の末部。)
3
「恋の喜びは偉大ですが、その苦しみはあまりにも恐ろしいものなので、むしろ恋などは絶対にしない方がいいと思われるほどです。」
(書簡より。)
4
「おまえのような天使の中にもこの虫けらが巣食(すく)うていて、おまえの血の中に嵐を引き起こすのだ。まったくこれは嵐だ。じっさい、情欲は嵐だ。いな(=いや)、嵐以上だ。」
(『カラマーゾフの兄弟』において、アリョーシャに向かってのドミートリーの言葉。米川正夫訳。)
5
「惚(ほ)れるというのは愛することとは違うんだ。惚れるだけなら憎しみながらだってできることだ。覚えとけよ。」
(『カラマーゾフの兄弟』において、アリョーシャに向かってのドミートリイの言葉。米川正夫訳。)
6
「ふたりを復活させたのは愛だった。おたがいの心に、もうひとつの心にとっての尽きることのない生の泉が秘められていたのだ。」
(『罪と罰』のエピローグの終部。)
7
「娘の恋は母親にとっては死である。」
(『カラマーゾフの兄弟』より。)
※、娘がだれかと付き合っているということを知ってからは、母親は、相手の男性のこと、娘とその恋の行く末のことを、だれよりも(死ぬほど)あれこれ心配するということ。
<「男」「女」について>
1 ★
「女、女こそ男を完成させる唯一のものである。」
(※所在、未確認。)
2 ★
「女にとっての復活は、あらゆる破滅からの救いと更生は、愛のなかにある。」
(『地下室の手記』より。)
3 ★
「よき妻、また、特によき母となること――これは女性の使命としては最高のものです。」
(書簡より。)
4
「男というものは、精神的に完全な女の奴隷である、しかも心が寛大であればなおさら然(しか)り(=そう)である。」
(『未成年』のアルカージイの言葉より。第1部第5章の3内。新潮世界文学のp106。)
5
「たとえ女がなんとそれに理屈をつけようと、女の一生はすべて、自分の隷属すべき男性を探し求めること、つまり、隷属に対する渇望の一生である。しかもここで注意しなければならないのは――そこには一つの例外もないという事実である。」
(『未成年』より。)
6
「たとえ修道女であろうとなんであろうと、女は女である。 」
(『悪霊』より。)
<「家庭」について>
1 ★
「家庭の幸福以上に大事なものはこの世の中にはなにひとつない。」
(書簡より。)
2
「もちろん、子供が悪くなるのは、ひとつには子供が持って生まれたよくない性癖にのせいでもありますし(人間は疑いもなくそうしたものを身につけて生まれて来るものだからです)また同時に、そのようなよくない性癖を適当な時期に制御して(お手本によって)よい方向へ導くことができなかった、あるいはその努力を怠った養育者の責任でもあります。」
(書簡より。)
3
「家庭というものは撓(たわ)み(=反り曲がり)のない愛の努力によって創造されるものだ。」
(『作家の日記』より。)
<「対人関係」について>
(更新:24/08/09)
1 ★
「同情こそは、もっとも大切な、そしておそらくは唯一の、全人類の掟(おきて)なのだ。」
(『白痴』より。)
2 ★
.「親しい人たちと、縁者たちと、愛する人たちと心を許しあって暮(くら)す―これが天国だよ。」
(『未成年』のニコライ老公爵の言葉より。第2部8章の2。)
3 ★
「人間の情け深さと人間の相互愛を確信することよりも、大きな幸福はない。これは、信仰だ。まったく一生をかけての信仰だ! この信仰よりも大きな幸福があろうか!」
(『作家の日記』より。)
4 ★
「他人に尊敬されたいのなら自分自身を敬うがいい。自分自身に敬意を払うことによってのみ他人はあなたを敬うようになるだろう。」
(※所在、未確認。)
5
「自分自身を愛するように人を愛することは、不可能だ。しかし、人間はその理想をめざして進んでいる。」
(「ノート」より。)
6 ★
「他人に対してもっとやさしく、もっと気をつかい、もっと愛情を持つことです。他人のために自分を忘れること、そうすればその人たちもあなたを思い出してくれます。自分も生き、他人をも生かすようにする――これが私の信条です!」
(『スチェパンチコヴォ村とその住人』より。)
7
「その後わたしは、自由の剥奪(はくだつ)と強制労働のほかに、監獄の生活にはもう一つの苦しみがあることを知った。その苦しみは、他のあらゆる苦しみに比べて、いちばん強烈かもしれない。それは、強制された共同生活(注:以上の「強制された共同生活」の箇所にドストエフスキーによる圏点あり。)である。共同生活は、もちろん、他の場所にもある。しかし監獄に来るのは、だいたいだれともいっしょに暮らしたくないような連中である。だからわたしは、どの囚人も、むろん大部分は無意識にではあろうが、この苦しみを味わっていたと、確信をもって言えるのである。」
(『死の家の記録』より。新潮文庫のp35。)
8
「世の中には妙な友情がある。二人の友達が、互いに取って食いそうにしていながら、そのくせ別れることができないで、一生そのまま暮らしている。いや、別れるのはぜんぜん不可能なくらいである。もし絶交ということになれば、気まぐれを起こして絶交した方の友達が、まず第一に病気して死んでしまうだろう。」
(『悪霊』より。)
9
「人は最初その服装によって相手を判断するものだ。」
(「作家の日記」より。)
10
「人々がお互いに気兼ねをしないで、ざっくばらんに開(あ)けっぴろげで振舞(ふるま)っている時は、実に感じのよいものである。」
(『賭博者』より。新潮文庫のp23。)
11
「人間だれだって憐(あわれ)んでもらうことが必要です。」
(「創作ノート」より。)
※、賭主伽さんの投稿により掲載。
12
「人間は哀れみなしには生きていけない。」
(※所在、未確認。)
13
「人間的なあつかいをすれば、神の似姿などとうの昔に消えてしまったような人をさえ、人間にすることができる。」
(※所在、未確認。)
14
「あらゆる堕落の中で最も軽蔑すべきものは、他人の首にぶらさがることだ。」
(『白痴』より。)
15
「民衆の中へはいって信頼され(特にこういう囚人たちの場合はなおのことだ)、愛されるようになることほど、むずかしいことはない。」
(『死の家の記録』より。)
16
「人間についての最良の定義は、感謝を知らない二本足の動物だと思う。」
(※所在、未確認。)
17
「自分が無能だと思う人ほど、好戦的であるものだ。」
(※所在、未確認。)
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