ミハイル・バフチン著
『ドストエフスキーの詩学』(1929年初版・1963年増補改訂版。望月哲男・鈴木淳一訳・ちくま学芸文庫1995年初版。)より。
※、青字にした箇所は、バフチンが強調している箇所。赤字にした箇所は、キーワードとされる語句。
それぞれに独立して互いに融(と)け合うことのないあまたの(=多くの)声と意識、それぞれがれっきとした価値を持つ声たちによる真のポリフォニー(注:多声楽)こそが、ドストエフスキーの小説の本質的な特徴なのである。彼の作品の中で起こっていることは、複数の個性や運命が単一の作者の意識の光に照らされた単一の客観的な世界の中で展開されてゆくといったことではない。そうではなくて、ここではまさに、それぞれの世界を持った複数の対等な意識が、各自の独立性を保ったまま、何らかの事件というまとまりの中に織り込まれてゆくのである。実際ドストエフスキーの主要人物たちは、すでに創作の構想において、単なる作者の言葉の客体であるばかりではなく、直接の意味作用をもった自(みずか)らの言葉の主体でもあるのだ。したがって主人公の言葉の役割は、通常の意味の性格造型や筋の運びのためのプラグマチックな(=実用的な)機能に尽きるものではないし、また(例えばバイロン(イギリスの詩人・劇作家)の作品におけるように)作者自身のイデオロギー的な(=独善的な)立場を代弁しているわけでもない。主人公の意識は、もう一つの、他者の意識として提示されているのだが、同時にそれは物象化(ぶっしょうか=物的現象化)され閉ざされた意識ではない。すなわち作者の意識の単なる客体ではないのである。この意味でドストエフスキーの主人公の形象(けいしょう)は、伝統的な小説における普通の客体的な主人公像とは異なっているのである。ドストエフスキーはポリフォニー小説の創造者である。彼は本質的に新しい小説ジャンルを作り出したのだ。それゆえ彼の作品はどんな枠にも収まらない。つまり我々が従来ヨーロッパ小説に適用してきた文学史上の図式はいずれにも当てはまらないのである。
[以上、第1章「ドストエフスキーのポリフォニー小説および従来の批評におけるその解釈」のp15〜p16より。]
ドストエフスキーの世界には、弁証法も二律背反も確かに存在する。実際彼の主人公たちの思考は、時として弁証法的であり、あるいは二律背反的である。しかしあらゆる論理上の因果律は、個々人の意識の枠内にとどまるものであって、彼らの間の出来事レベルの相関関係を支配するものではない。ドストエフスキーの世界は本質的に個の世界である。彼はあらゆる思想を個人の立場として把握し、描いている。だから個々の意識の枠内においてでさえ、弁証法や二律背反の系列は、単に抽象的な要因としてあるに過ぎず、それは全一的で具体的な意識の別の様々な要因と分かちがたく絡(から)み合っているのである。この受肉した具体的な意識を通して響く全一的な(=独立した統一ある全体を保っているさま。)人間の生き生きとした声の中でこそ、論理系列は描かれる事件の総体に参加するのである。思想は事件に引き込まれることによってそれ自体が事件をはらむものとなり、特別な《イデエ=感情》、《イデエ=力》としての性格を獲得する。そこからドストエフスキーの世界における《イデエ》の比類ない独自性が生み出されるのである。もしこのイデエが、事件としての意識の相互作用から切り離され、モノローグ(=相手を想定しない独白。ダイアローグ(=対話)の対語。)的に体系づけられた文脈に押し込められてしまうなら(かりにそれがもっとも弁証法的な文脈であったとしても)、イデエは不可避的にその独自性を喪失し、出来の悪い哲学的な主張と化してしまうであろう。
[以上、第1章「ドストエフスキーのポリフォニー小説および従来の批評におけるその解釈」のp21より。]
ドストエフスキー創作においてもまた、当然のことながら、カーニバルの伝統は面目を一新して生まれ変わっている。そこでは、伝統は独自の意味づけを施され、他の芸術的要因と結びつき、これまでの章で明らかにしようとしたような、彼特有の芸術的目的に奉仕しているのである。カーニバル化はそこでは、ポリフォニー小説のあらゆる特性と有機的に結びついているのだ。
[以上、第4章「ドストエフスキーの作品のジャンルおよびプロット構成の諸特徴」のp320〜p321より。]
『罪と罰』を始めとするドストエフスキーの長編のどれを取っても、そこでは例外なく対話の徹底的なカーニバル化が行なわれている。
[以上、第4章「ドストエフスキーの作品のジャンルおよびプロット構成の諸特徴」のp335より。]
★ミハイル・バフチン
ロシアの文芸学者。1895〜1951。
氏の著作は、没後の1960年代になって相次いで陽(ひ)の目を見て刊行されるや、内外の学会の注目を集め、その中でも、この『ドストエフスキーの詩学』(1929年刊。1963年に増補改訂版が出る。)で、氏は、ドストエフスキーの文学の、
・「ポリフォニー小説」という
性格(ポリフォニックな性格)
・「カーニバル性」「イデエ(
=思想・観念・理念)」が表
現されていく芸術性
といったことを検証・指摘し、この説は、1960代半ば以降現在までのドストエフスキー文学研究における研究の視点や方法論に大きな影響を及ぼしてきた。その説と理論に対しては、検討を要する点もいくつかあるとする批判者も存在してはいるが、この説は、今後のドストエフスキー文学研究においても、一つの大事な基礎的理論として生命を保っていくことは間違いないと言われている。
上で挙げた箇所などで述べられているキーワードに関して、正確な理解はまだ不十分ながら、自分なりに、以下に、おおざっぱにまとめてみた。
〇ドストエフスキーの
小説における「ポリフォニー性」
ドストエフスキー自身の諸面の分身としての各小説の各登場人物が、作者と肩を並べるほどの互いに対等な独立した人格的存在として、作中において自己の思想(観念)や思いを互いに言葉で表出しあい、相手や他者を意識したその互いの発話・対話・討論・事件という関係性の中で、未来に向けて、各自己が自己というものや自己の思想や内面を、相互に、あくまで未完結的に発展的に、あらわにし、さらにまた、見出し、確認していく、といった性格のこと。
〇ドストエフスキーの
小説における「カーニバル性」
『白痴』第1部の末部、『カラマーゾフの兄弟』第2編における僧院での会合・第8編のモークロエ村でのどんちゃん騒ぎ、『罪と罰』第2部のマルメラードフ家でのお通夜の場面
などに見られるように、異質な登場人物同士が、一堂に数多く集まってきて、道化役の人物たちを中心とした、時に、常軌を逸(いっ)した、ちぐはぐな、無遠慮な振る舞いや会話のやりとりによって、場が、やんやと醜悪にあるいは陽気に盛り上がっていく中において、神聖高尚なるものや悲惨なる場面の「卑俗化・神聖化・笑い飛ばし・外し・パロディー化」等が行われ、やがて、喧噪(けんそう)と活気に満ちた彼らの祝祭(カーニバル)に劇的な終結やお開きがおとずれる、といった性格のこと。
〇ドストエフスキーの小説によっ
て伝えられる「イデエ」の独自性
ドストエフスキーの小説におけるそういった「ポリフォニー性」「カーニバル性」という芸術的形象を通して、その小説の創作動機としてドストエフスキーの頭の中に抱(いだ)かれている中心的な思想や理念が、展開的・非完結的に、作者の中でもさらに豊かに深められ、読者にも伝えられていくという性格のこと。
☆バフチンのドストエフスキー論に関しては、次の論文・文章などが、理解の助けになります。
・訳者望月哲男氏による「解説」
(上掲の『ドストエフスキーの詩学』のP571〜p579。)
各章の内容について親切に要領よく解説しています。
・新谷敬三郎・筆
「バフチンとドストエフスキー」
〔『特集=ドストエフスキーその核心』(ユリイカ詩と批評6月号。青土社1974年初版)に所収。〕
・内村剛介・筆
「「方法」から「存在」へ―バフチン」
〔『ドストエフスキー』(「人類の知的遺産51」。講談社1978年初版。)のp349〜p351。〕
・柄谷行人・筆
「ドストエフスキーの幾何学」
(講談社学術文庫『言葉と悲劇』1993年刊に所収。)
・柄谷行人・筆
「無限としての他者」
(『探求T』講談社1986年刊に所収。)
・大江健三郎著
『新しい文学のために』(岩波新書。1988年初版)のp175〜p183。
・清水孝純著
『ドストエフスキー・ノート―「罪と罰」の世界』(九州大学出版会1981年初版。)のp15〜p17。
・清水孝純著
『道化の風景―ドストエフスキーを読む』(九州大学出版会1994年初版。)の「序」。
・阿部軍治編著
『バフチンを読む』(NHKブックス818。日本放送出版協会1997年初版。)の中のp29〜p86。
☆バフチンに関するネット上のページや記事。
・「THEBAKHTINCENTRE」
(バフチーン研究センター
の公式ページ。
ただし、英文のページ。)
(情報提供:湯本さん)
亀山郁夫・筆
「小説という名の怪物が生まれ、二人の予言者が現れた。」より。〔週刊朝日百科『世界の文学』第15号(1999年10月刊)に所収。〕
『罪と罰』や『悪霊』を書いた当時のドストエフスキーは、保守派の論客として高い地位にあった。だからといって、社会主義の理念や革命に対する幻想が完全に潰(つい)えて(=すっかりなくなって)いたわけではなかった。青春時代の理想はむしろ、彼の魂の奥でかすかな炎をともし統けていたのだ。ドストエフスキーとは、このように、その根源において幾重にも引き裂かれた人間だったのである。
そして何よりも驚くべき点は、人類いや人間の一人ひとりがこれから選ぶべき道を、キリスト教による救済なり、善悪のモラルといった規範的な観念(=頭に勝手に描いた考え)のなかにおし込めることなく、真にポリフォニック(多響的)な声たちの饗宴(きょうえん。=豪勢な宴)として(→下の注)呈示した(=打ち出した)ところにある。ドストエフスキーの作家としてのスケールの凄(すご)さは、思考のプロセスに現れるいくつもの分裂をそのまま直視し、相対化する度量の広さにある、とも言えるだろう。
〔語注〕
・ポリフォニック(多響的)な声たちの饗宴
ミハイル‐バフチン(1895〜1951。ロシアの文芸学者。)が、ドストエフスキーの小説の特徴として示した「ポリフォニー性」のこと。各登場人物が、作者が中心となる視点から描かれるというよりは、おのおの作者から独立した存在として、相互に、自分の立場や考えを語り、行動し、その相互の対話や交渉の中で自己をあらわにしていくさま、のこと。
★亀山郁夫
かめやまいくお。ロシア文学者。東京外国語大学教授。
1949〜。
野中 涼・筆
「モダニズム文学とドストエフスキー」より。〔『ドストエーフスキイ研究(第3号 ― 特集 ポスト・ポリフォニズム)』(ドストエーフスキイの会編。1986年大空社刊。)に所収。P10。〕
ドストエフスキーの小説は、逆説がどっさり充満している点で、ほとんど類例を見ない程度のものであることを否定できない。どの作品のどのページを開いても、人物であれ事件であれ情景であれ、なんらかの逆説に、たいてい、ぶつかる。しかもわれわれの心にひきおこす圧倒的な感動は、ほかでもない、この逆説の巨大な集団がわれわれに襲いかかってくるからであり、それが有無(うむ)を言わせず人間の本質、ものごとの本質へと、われわれを引き立てていって、深い掘抜き井戸の暗い混沌をのぞきこませるからである。そこで与えられる洞察や明察が強くわれわれを慰めたり、勇気づけたり、救われた気持にさせたりするけれども、すべてはこの次から次と押し寄せてくる逆説群の仕業にちがいない。その効果があまりに圧倒的なので、逆説の慰めがどんなに裏切りやすく恐ろしいものかを、われわれはしばしばうっかり忘れてしまうくらいである。
―以下、略―
★野中涼
英文学・比較文学者。
1932〜。
逆説性、二重性という点は、ドストエフスキーの小説の内容や思想の大事な特徴。
森 和朗著
『ドストエフスキー 闇からの啓示』(中央公論社1993年初版)のp21より。
ドストエフスキーは、その病める心の正(プラス)と負(マイナス)の電荷のせめぎあいによって、自らの内に超高圧のエネルギーを生み出す雷雲であり、地上からの湿った乱気流と接触すると、身をよじりながら、稲妻となって放電する。そして、我(わ)れと我(わ)れ自(みずか)ら火だるまになるのである。ドストエフスキーを読むというのは、私たちがそれぞれにこの火だるまを体験することであり、そうすることによって「内なる光」を共有することができるのだ。自分の心のかたくなな闇を引き裂くとき、社会や世界の闇もまた仄見(ほのみ)えてくる。
★森和朗
もりかずろう。文筆家。元NHK国際局チーフ・ディレクター。
1937〜。
上の森氏の文章は、言おうとしている内容もさることながら、実に巧みで会心(かいしん)の比喩表現だと思う。
ベルジャーエフ著
『ドストエフスキーの世界観』(斎藤栄治訳。ベルジャーエフ著作集の第2巻。白水社1960年初版。)より。 P37〜p38。
ドストエフスキーの知性は驚嘆すべきものだ。その知性のなんという異常な鋭さ。彼は世界文学で最もかしこい作家のひとりである。彼の知性は、その作家的才能の強大さに相当するどころか、おそらくはさらにその上をゆく。この点で彼ははっきりとレフ・トルストイとちがっている。トルストイは無器用で直線的で、その知性はむしろあきれるばかり浅いといってもいい。彼の知性は彼の天才的な作家的才能の頂きに立つことはできない。偉大な思想家はといえば、むろんそれはトルストイではなくてドストエフスキーであった。ドストエフスキーの作品は、知性の、真珠のように光る戦慄的な啓示のおどろくべき輝きである。大作家中、知性の強さと鋭さとにおいてドストエフスキーに匹敵し得るものは、偉大なルネサンス人シェイクスピアひとりあるのみ。文豪中の最大の文豪ともいうべきゲーテの知性でさえ、ドストエフスキーの知性のような鋭さと弁証法的深さとを持ってはいなかった。そしてこのことは、ドストエフスキーが、ディオニソス的(=激情的、動的)・躁宴的(そうえん=騒々しく騒ぎたてるさま)要素のなかを動いているだけに、いっそう驚嘆すべきことである。こうした要素が人間全体をつかむとき、普通それは知性の鋭さや視力に利益をもたらさず、知性を濁らすものである。ところがドストエフスキーにおいては、思想そのものの躁宴、思想の恍惚(こうこつ)状態が見られる。観念の弁証法でさえ彼においてはディオニソス的である。ドストエフスキーは思想に陶酔し、思想の火炎旋風にまきこまれる。ドストエフスキーの概念弁証法は酔わせるものであるが、しかしこの陶酔において思想の鋭さは消えず、思想はその究極の鋭さにまで達する。
★ベルジャーエフ
ロシアの哲学者。
1874〜1948。
上書『ドストエフスキーの世界観』は、読みごたえのある名著。ドストエフスキーの頭脳の優秀さについては、後半生の友人でドストエフスキーに親交したストラーホフ(動物学者・評論家、1828〜1896)も、
「なによりもわたしの心を惹きつけ、深い感動すら与えられていたもっとも重要なことは、かれのずば抜けた頭脳、一つの言葉や、ちょっとした暗示だけであらゆる思想を把握してしまう頭の回転の速さであった。」
と証言している。〔ストラーホフ「ドストエフスキーの思い出」より。ドリーニン編『ドストエフスキー同時代人の回想』(水野忠夫訳。河出書房1966年刊。)に所収。p171。〕
望月哲男・筆
「ドストエフスキイの特色」より。〔『ロシア文学史』(東京大学出版会1986年初版)に所収。p212。〕
ドストエフスキイの文学はトルストイのそれとならぶ十九世紀ロシア・リアリズムの輝かしい高峰をなすが、リアリズムの対極にあるロマン主義やシンボリズムとの結びつきも深い。彼の創作を代表する長篇小説群は、複雑なプロット、精確な時代背景、さまざまな階層に属する主人公たちが織りなす社会的な一大パノラマ、各主人公に個有の多様な文体、生きた心理描写など明瞭なリアリズムの特徴をそなえている。しかし、この作家は初期の作品から一貫して幻想的なもの、怪奇なもの、特に人間の内部の世界、意識下の世界に強い関心を示してきた。写実的な要素が優位に立っている後期の作品でも、頻繁に夢、幻視、狂気などの幻想的な要素を導入し、好んで人間の極端な情熱の物語を描き、メロドラマ、冒険小説風の筋立てを愛用し、主人公たちにさまざまの思想的・宗教的理念を分与して象徴的な小説世界を作り上げた。この独特の方法を評者たちは、「魂のリアリズム」「幻想的(ファンタスティック)リアリズム」「ユートピア・リアリズム」「浪漫的(ロマンテイック)リアリズム」「象徴的(シンボリック)リアリズム」などの名で呼び、作者自身は「最高の意味のリアリズム」「最も純粋な、幻想的なものにまで到達したリアリズム」と呼んだ。彼は「現実」を凝視しつつその背後にもうひとつの世界を見、現実のただなかに幻想的なものを見るのである。
★望月哲男
ロシア文学者。 1951〜。
アンドレ・ジイド著
『ドストエフスキー』(改造文庫。秋田滋訳。1936年初版。)所収の「ドストエフスキー生誕百年を祝い、ビュー‐コロンビエ座において朗読した小演説」の末部(p273〜p274)より。
※旧仮名遣い・旧表記は、現代表記に改めました。
彼(=ドストエフスキー)の作中人物は常に生成の途上にあって、陰影というものから十分に脱していない。作中人物の首尾一貫が主なる心遣(こころづか)いであったと思われるバルザックと、この点でドストエフスキーがどれほど大きく違っているか、私はついでに注意しておく。バルザックはダヴィッドのように描き、ドストエフスキーはレンブラントのように描いた。
<注>
・バルザック
フランスの小説家。1759〜1850。19世紀前半のフランス社会を活写し、リアリズム文学の頂点を示した。代表作『ゴリオ爺さん』『谷間の百合』。ドストエフスキーは、学生時代より、バルザックに親しみ、22才の時、その小説『ウジェニー・グランデ』を自ら翻訳するなど、バルザックの小説から影響を受けている。
・ダヴィッド
フランスの画家。1748〜1825。ナポレオンの宮廷画家として、当時の画壇に君臨した。フランス革命にちなんだ作品が多い。作品「ナポレオンの戴冠(たいかん)」。
・レンブラント
オランダの画家。1606〜1669。微妙な光の明暗や独特の陰影ある色彩を用いて人間の深い精神性を表現した。
★アンドレ‐ジイド
フランスの作家・批評家。代表作は『狭き門』『法王庁の抜け穴』。
1869〜1951。
佐藤泰正・筆
「ドストエフスキイと近代日本の作家」より。p173。〔『ドストエフスキーを読む』(佐藤泰正編。笠間書院1995年初版。)に所収〕
ドストエフスキイ(=ドストエフスキーとその文学)は我々にとってひとつの鏡であり、我々はそこにいやおうなしに、かけねのない(=差し引きのないありのままの)己れの姿を映し出すことになる。
★佐藤泰正
近現代文学研究家。梅光女学院大学文学部教授。
埴谷雄高・筆
「読者と作中人物」〔『ドストエフスキイ論集』(埴谷雄高作品集10。河出書房新社1987年初版。)に所収〕より。p230〜p231。
世界文学のなかでもドストエフスキイの作中人物の魅力は一種独自的で、その熱病にうかされるような戦慄(せんりつ)の深さに比肩(ひけん)し得るものはほかにない。私達はドストエフスキイの作品を読みはじめてふとわれにかえると、眼前の一冊の小さな書物のなかに主人公や他の人物達と肩を押しあってはいりこんでいて、読むものと読まれるものとのあいだの距離がまったくなくなっているのに気づくのである。ところが、この第一の没入の時間が過ぎて、やがて再び不意に頭を擡(もた)げて思わず部屋のなかを見廻(みまわ)してみる第二の瞬間がやってくると、単に自身がこの小さな書物の暗い袋小路(ふくろこうじ)に立っているだけでなく、何時(いつ)のまにか作中の主人公自身になりきって激しく息づいていることに気づいて愕然(がくぜん)とする。さながらひとつの渦(うず)にまきこまれるように、私達の前に置かれた一冊の書物とその作中人物のなかに私達が忽(たちま)ちどっぷりとのみこまれてしまうのは、ドストエフスキイが私達の前に展(ひろ)げているのが、一つの物語でも一つの性格でもなく、ただひとつの苦悩する精神だからである。私達は一つの物語や一つの性格を眼前にいわば客観的に眺めているのではない。私達は、一つの苦悩する精神の渦(うず)のなかに投げこまれて、何時(いつ)しか自身の上に同じ重荷を負って歩きだしてしまうのである。あらゆる読者が、ドストエフスキイの書物を前に置いて、ここに自分のことが書いてあると思う理由は、そこにある。或(あ)る読者にとってはラスコーリニコフとは自分のことであり、また、他の読者にとっては、ムイシュキンはあまりに自分に似過ぎていて怖(おそ)ろしいほどかもしれない。そして、また、第三の読者は、自分がスタヴローギンとなって動いていることを絶えず感じつづけているに違いない。そこにあるのは、まさしく、自分のことである。ドストエフスキイのなかの自身と読者のなかの自身が、この眼前の一冊の書物のなかのひとりの人物を媒介(ばいかい。=仲立ち。)としてこれほどの狂いなき相似(そうじ)をもって重なっている例は、世界の文学史の中でも稀(まれ)である。多くの文学者が或(あ)る物語の語り手であったり、自己の体験の告白者であったりするときに、ドストエフスキイはひたすら自己の精神の探求者たることに終始(しゅうし)した。鋭い心理の襞(ひだ)も厳密な推論の積み上げも、すべて、ドストエフスキイに於(お)いては、精神の大きさを築く支柱として駆使(くし)されている。そこにあるのは、精神の大きさのみである。その点に於(お)いて、ここにいる私がかしこ(=あそこ)にいる彼であり、また、そこにいる汝(なんじ)であるという主体性にドストエフスキイほど徹底しつくした作家はほかにいない。
★埴谷雄高
はにや・ゆたか。作家。
1910〜1997。
中村健之介著
『知られざるドストエフスキー』(岩波書店1993年初版)の中の第7章「手紙に見るドストエフスキーの想像力」のp178〜p179、p180より。
ドストエフスキーが「思想を感じる人」であったことを見抜いたストラーホフ(注:ドストエフスキーの後半生の友人)は、また、ドストエフスキーが同時に距離をおいてその自分を冷静に見ている人でもあったことも証言している。
「ドストエフスキーの中には一種独特な分裂が、おどろくほど明白に現われていた。一人の人間があるいくつかの思想や感情にきわめて生き生きと打ち込んでいるのだが、たましいの中には、その自分自身を、自分の思想と感情を見つめている、確固(かっこ)として微動もしない視点を保持している、そういう分裂である。かれは自分でもときどきこの特質について語り、それを「内面省察」と名づけていた。このようなたましいの構造から生じることとして、次のようなことがあった。すなわち、自分のたましいを満たしているものについて判断を下す可能性をその人が常に保有していること、相異なる感情や気分がたましいの中に広がるのだが、しかし、それらがたましいを完全に領有してしまうことがないということ、そのたましいの深い中心からエネルギーが生じて、それがその人の活動全体と知性と創造の内容の全体をいわば蘇生させ変貌させるということ。ともあれ、フョードル・ミハイロヴィチ〔ドストエフスキー〕は、その共感力の広さによって、相異なり互いに対立するいくつもの観点を理解する能力によって、常にわたしをおどろかせた。」(ストラーホフ『ドストエフスキーの思い出』)
ここでストラーホフは二つのことを言っている。一つは、ある対象に共感しそこに「思想と感情」を注ぎこんでいながらその自分自身を統御し続ける「一種独特な分裂」の力である。ドストエフスキーは「思想と感情」において溺(おぼ)れながら溺(おぼ)れる自分を正確にとらえるこの「分裂」の能力を発揮していた。もう一つ、ストラーホフをおどろかせたのは、ドストエフスキーの「共感力の広さ」「相異なり互いに対立するいくつもの観点を埋解する能力」「いくつかの思想や感情にきわめて生き生きと打ち込む」能力である。すなわち、作中人物に「きわめて生き生きと」感情を吹き込みつつ、しかもこれを観察して一つの性格として形成して行く小説家の能力、自分自身が「正真正銘のゴリャードキン(注:『分身』の主人公)」になりながらゴリャードキンを自分から切り離し、「ぼくの鬱(うつ)状態」から「新しい状況設定」を生み出す能力と、その人物たちの多種多様であることが、ストラーホフをおどろかしたのである。この「内面省察」がドストエフスキーの小説作法の基本であった。 ―途中、略― ドストエフスキーの文学世界が、『罪と罰』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』に最も明瞭に見てとれるように、重い苦しみで満ちていながら、それだけで終わることがなく、苦しみが絶えず活力や解放感へと転換されるのも、ストラーホフが「おどろくほど明白」だというこの「一種独特な分裂」と関係がある。ドストエフスキーの小説は、解きようのない難問が提起されていながら、それで終わらずどこかにユーモアが潜んでいて深刻な雰囲気の間からいまにも笑いが顔を出しそうな子感が漂う場面が多い。それは、一点に固着せず絶えず多様な対象に共感を転換する作者の「分裂」があるからである。ユーモアは転換の才能によって生まれるのであるから。自分の感情や「鬱(うつ)状態」を小説の人物に分け与えて、それを観察するドストエフスキーの能力は、「おどろくほど明白」であった。自分で「内面省察」と名づけて人に語っていたということは、それがすでにはっきりした自信となり自覚的な方法となっていたことを示している。
★中村健之介
ドストエフスキー文学の研究家・翻訳家。現代日本の代表的なドストエフスキー研究家の一人。現在、東京大学教授。
1939〜。
ドストエフスキーが、その小説の中で、多かれ少なかれ作者の分身としての、思想を持した多様な登場人物を、各々生き生きと描いているということ、いわゆる、ドストエフスキーの小説のポリフォニー性、の秘密の一端を指摘した文章として、実に興味深いものがあります。
N-hiro氏
「伝言・雑記」板への書き込み[98年2月14日]より。
ドストエフスキーの小説には、ストーリー性というものを無視したような作品がいくつかあると思います。だからつまらないというんじゃなくて、だからこそ面白い。大きなテーマを伝えるためには、細かいストーリーなど気にしていられなかったのでしょう。読者としては、彼の作品を読むときはストーリーを楽しむというよりも、その大きなテーマをドストエフスキーとともに共有できることに楽しみを見出す。少なくとも僕はそうですね。
★ N-hiro
大学生(物理学専攻)。1978〜。
マウリーナ著
『ドストエフスキー』(1952年刊。岡元藤則訳。紀伊国屋書店1964年初版。)のp142より。
トルストイが叙事詩人であるのと同程度にドストエフスキーは劇詩人であった。彼の小説は劇のように、もっと正しく言えば悲劇のように構成されている。導入部では彼はわれわれに登場人物の性格を紹介して、彼らが何を得ようとしているかを手短かに知らせる。障害は山のように高く積み重なっていて、主人公たちが最終目的に達するのを妨げている。だれが勝ち、だれが負けるのか、最後の章でさえまだわからないことがしばしばである。小説は何はさておいてもまずおもしろくなければならない、読者の好奇心は最後までゆるめてはならないという見解をドストエフスキーは持っていたのである。だから彼は葛藤の準備や解決にいつもたいへん苦心した。劇場のためには何も書かなかったけれども、シェークスピアを愛していた彼は近代最大の悲劇詩人なのである。彼の世界観の外的内的特徴はそのまま真に悲劇的な芸術の特徴である。たとえば、矛盾の衝突、神に近づくための努力、神の探求しがたい秘密におおわれた避けられぬ悩みの意味に対する疑問など。彼は自分の芸術が悲劇的であることをよく承知していた。
★マウリーナ
ラトヴィアの女性の文筆家・翻訳家。
1898〜。
上書『ドストエフスキー』は、定評のある名著。ドストエフスキーの小説は劇作品としての性格を備え、ドストエフスキーは劇作家としての才能があったのではないか、という点に関しては、ウラジミール‐ナボコフ氏(ロシア出身のアメリカの作家・詩人。1899〜1977。)も、その著『ロシア文学講義』で、
「ドストエフスキーの作中人物の扱い方が劇作家のそれであること」
「ドストエフスキーは小説家というよりはむしろ劇作家にふさわしい人であったという事実を、もう一度強調したい。彼の小説が描き出すものは、さまざまな場面や会話、全人物が集合する場面などの連鎖であり――山場だの、思いがけぬ訪問者だの、喜劇的息抜き場面だのと、いろいろ劇的策略を備えている。」
「この人はロシア文学の宿命によってロシア最大の劇作家となるべく選ばれたように見えるのだが、どうやら間違った角を曲がってしまったらしく、小説を書いたのである」
と述べています。
作田啓一・筆
「独立我の実験」より。〔1993年刊『ドストエーフスキイの広場』第3号に所収。
p45、p46。〕
人間は個体我のほかに社会我と超個体我をもつ。社会我とは、他者に依存して閉ざされた集団を作ろうとする自我であり、超個体我とは他者から始まって全宇宙へと溶解してゆく自我である。人間は独立我だけでは生きられないので、独立我を社会我か、あるいは超個体我と結びつけようする。思想家としてのドストエフスキーの仕事は、独立我を社会我とではなく超個体我と結びつける生き方の探究であった、と私は思う。しかしこの探究は容易ではなかった。それは人並(ひとなみ)以上に強い独立我が彼に付与されて(=与えられて)いたからである。そのために、独立我だけで生きてゆける可能性はないのかという問(とい)が、重く彼にのしかかってきた。 ―途中、略― ドストエフスキーの一連の思考実験は、ひとりで生きようとする独立我の要求とその失敗を証明する。しかし彼は、独立我が社会我に屈伏する退路を、とうの昔に断(た)っていた。残された道は、独立我を超個体我と結びつけることしかない。その道はムイシュキンやアレクセイ・カラマーゾフ(=アリョーシャ)が歩んでいく道である。この作家がわれわれに示唆(しさ)しているように、人と人との交わりには二種類がある。もしそれが社会我の交わりだけなら、純粋な独立我を維持して破滅するか、それを放棄して社会我に屈伏し精神的に死ぬかの二途(にと。=二つの道。)しかない。しかし、ドストエフスキーは純粋な独立我の思考実験を経て、独立我を超個体我に結びつける道を見いだした。それは人間学としての社会学への極めて重要な寄与(きよ)である。
★作田啓一
社会学者、元・京都大学教授。
1922〜2016。
ドストエフスキーは、神やキリスト(への信仰)を基盤としたあり方を常に頭に置いて、人間や社会のありかたを考えていると私も思うので、上の作田氏の、「我(が)」の立て分けによるドストエフスキー論は、実に興味深いものがあります。
梅原 猛・筆
「神の問題」より。(『文芸読本ドストエーフスキー(U)』(河出書房新社1978年初版)に所収。1971年筆。)
神とは何であるか、人間は神なしに生きられるかどうか。そのような問いが、ドストエーフスキイの中心的な問いであり、すべての人物は、そういう問いを問うための、舞台道具にすぎないのである。もっとも(=とは言っても)、すぐれた小説家ドストエーフスキイは登場人物を、けっして思想のあやつり人物にせず、強い個性と、その内面に矛盾をもった実に生き生きとした人物にせしめては(=させては)いるが。
私は、彼の小説を読むと、彼の問いは、まだ、答えが出されていないと思う。ドストエーフスキイは、神がないという命題と、神があるという命題の谷間に立っていると思う。彼は、おそらく、存在として、神はないという立場にあるのである。イヴァンは存在としての彼の分身にちがいない。彼自身神を失った文明の中にあった。その文明の恐ろしい帰結を考えつめた人であった。しかし、彼はこの文明の恐ろしい帰結を、知っていればいるほど、彼は、もう一つの命題「神はある」という命題に賭(か)けねばならなかった。私は、アリョーシャは、彼の当為(=あるべき姿)、あるいは、願望であると思う。アリョーシャの立場に立たねば人類は救われないと彼は、思ったにちがいない。小児(しょうに)の如き天使の心が必要なのだと彼は思うが、現実の彼は、天使より、はるかに悪魔であったにちがいない。彼自身の内面にひそむ、天使と悪魔の深い葛藤(かっとう)を通じて、ドストエーフスキイは「神ありや否(いな)や」という問いを問う。一見、この「神ありや否や」という問いは無用な問いのように見える。日本人は、特に戦後の日本人は、合理的な啓蒙主義を信じて、このような宗教的な問いを無用な問いとしてきた。しかし、この問いこそは、おそらく、今後の人間にとってもっとも根源的な問いなのである。なぜなら、神を否定して、人間自身を神の立場にたたすことによって始まった人間の世界計画は、今はっきり、破綻(はたん)の相(そう)を見せはじめたからである。人間は神を殺して、それ自身、神になることはできない。神を殺した人間の罪障のために、人間は、いかなる罰をこうむるや否(いな)や? こういう歴史的状況の前に、ドストエーフスキイは、もっとも現代的な作家としてわれわれの前にあるのである。
★梅原猛
日本の古代史研究家・哲学者・劇作家。
1924〜2019。
上の梅原氏の考えは、私がドストエフスキーの主要小説を読みつつ抱(いだ)くようになった問題意識をそのまま言ってくれているようで、大いに共鳴するものがありました。「神とは何であるか、人間や社会は神なしに生きられるかどうか。」という問いこそ、ドストエフスキーが生涯執着し続けた根本の問いなのであり、当時の他の作家や思想家が執着して問うことがほとんどなかったこの問いこそ、混迷の中にある現代社会の我らが、もっと取りあげて問うていくべき大事なテーマであるように思います。
梅原氏は、 「ドストエフスキーと神」(河出書房新社刊『ドストエフスキー全集』第19巻の「月報」に所収。)においても、同趣旨の考えを論じています。
小沼文彦著
『ドストエフスキーの顔』(筑摩書房1982年初版)のp16〜p17より。
ドストエフスキーの文学は、われわれに神の存在を知らせる、神について考えさせる文学であると言われている。なるほど、神のことなど生まれて一度も考えたことのないような人たちが、ドストエフスキーを論じる場合には、しごく(=非常に)簡単に神の名を口にする。神を否定するということは、神の存在の重圧に堪(た)えかねたものの悲痛な叫びであり、窮鼠(きゅうそ)かえって猫を噛(か)む反抗であるにもかかわらず、あっさりと「神がなければいっさいが許されるのだ」などと言う。この伝(でん。=やり方)でいけば、日本人の大部分にはすでにいっさいが許されていることになってしまう。また百人百様の読み方で、ドストエフスキーはあくまでも神学者で、その作品こそは聖書の注釈書であると主張する人もいる。これには、ドストエフスキーの本領はどこまでも文学であると思っている人たちからは、当然のことながら反論が出るものと思われる。しかしたしかにそう読み取れるほど、ドストエフスキーはわれわれに神をたたえて(=ほめたたえて)やまない。だがそれと同時に、ドストエフスキーの文学は悪魔の文学であるというのも、ひとつの常識になっている。つまり読み方によっては、読者は神を求めずにはいられないようにもなれば、悪魔の思うつぼにはまることにもなるということであろう。
★小沼文彦
ドストエフスキー文学の翻訳家・研究家。筑摩書房刊個人訳ドストエフスキー全集がある(1962〜1991年刊)。
1916〜1998。
評論家の秋山駿(しゅん)氏も、桶谷秀昭氏・内村剛介氏との鼎談「なぜドストエフスキーに向かいあうか」(河出書房新社1978年初版『文芸読本ドストエーフスキー(U)』に所収。p69。)で、
「ドストエフスキーという人が、僕になにをあたえてくれたかというと、独断ですけれども、この自分の現実の場から考えて、もしか神さまがあるかないかということを考えるとすれば、僕はそれをドストエフスキーから習ったという意味です。ほかのどんな文学からも習わないで、たとえば「君、神様あると思うかい」と問うような文章を、日本人はドストエフスキーから習ったと思うんです。」
と述べている。私の場合も、同じであり、ドストエフスキーの文学に接して以来、この世界における神の存在をめぐる問題について、ずっと長く、いろいろ考えさせられてきたように思う。
ベルジャーエフ著
『ドストエフスキーの世界観』(斎藤栄治訳。ベルジャーエフ著作集の第2巻。白水社1960年初版。)より。
〔『文芸読本ドストエーフスキー(T)』(河出書房新社1976年初版。)にも、その中の一部分を所収。下の引用は、そのp175にあり。〕
自由はドストエフスキーの世界観の中心点に立つ。そして彼の最も内奥(ないおう)のパトス(=常にとらわれているいる根強い思い)は、自由のパトスである。 ―途中、略― ドストエフスキーは自由のなかにおかれた人間の運命を探求する。彼の興味をひくものは、自由の道をふんだ人間のみ、自由における人間の運命、および人間における自由の運命のみだ。彼の長編小説はすべて人間の自由の悲劇であり、試煉(しれん)である。
★ベルジャーエフ
ロシアの哲学者。1874〜1948。
上掲の氏の著『ドストエフスキーの世界観』は、名著との誉れが高い。氏に対しては、ドストエフスキーの文学を自己の独自のキリスト教的立場から解釈し宣揚し過ぎているきらいがあるという批判はあるものの、上の指摘のように、「自由」という観点からドストエフスキーの文学を見ていこうとする氏の立場は、ドストエフスキーの実際の本意に沿っていて、きわめて大事な視点だと思う。
松浪信三郎著
『実存主義』(岩波新書。1962年初版)の第3章「神をめざす実存主義」の「荒野に叫ぶ声―ドストエフスキーとシェストフ」のp78より。
(ドストエフスキーは、)神に対する人間の反逆的な自由と、そこから生じる悲劇的な葛藤(かっとう)を、作品のなかの幾多(いくた)の(=多くの)人物をとおして、あくことなく徹底的に追究した。
〔「意見・情報」交換ボードの[97年8月6日]に書き込んだぶん〕
★松浪信三郎
哲学者。
渋谷大輔・筆
『哲学・思想がわかる』(日本文芸社1996年刊)の項「アウグスティヌス」より。p54。
「人間を自由にする神の恩寵(おんちょう)の助力なしに、自分だけの力で人間が正しく生きようとするとき、人間は罪に打ちのめされる。しかし人間は自由意志によって、この自由にする解放者を信じ恩寵を受け入れることができる」(アウグスティヌスの言葉) まるでドストエフスキーの大小説からエッセンスだけを取ってきたような、美しい言葉だ。
〔「意見・情報」交換ボードの[97年7月22日]に書き込んだ分〕
★渋谷大輔
高校教師・進学塾講師。ドストエフスキーが考えていた人間観や宗教観には、アウグスティヌス・パウロ・親鸞などのそれと似かよっている点が多分にあると、私も思っています。
1968〜。
飯島宗享・筆
「ドストエーフスキイの文学と実存思想」のp131より。〔『文芸読本ドストエーフスキー(U)』(河出書房新社1978年初版)に所収。〕
ひとはめいめいの関心のプリズムを通して、その世界(=ドストエフスキーの小説の世界)のなかから、どのような人間像をでも浮かびあがらせて、わが身に引き寄せながら、その人物の運命に関心を寄せることができるだろう。祝福された人間に焦点をもつプリズムには、ムイシュキン公爵やアリョーシャ青年らが、そして呪(のろ)われた人間のプリズムには、スターヴローギンやイヴァンが浮かびあがるはずである。しかし、その世界に乱舞するあらゆる人物が、それぞれの運命において例外なく挫折することを見て、戦慄(せんりつ)せずにはいないだろう。それは、「神が死んだ」ところでの人間の自由における投企(とうき。=主体的に行動を選んでいくこと。※哲学用語。)の群像と、それぞれの行きつく果てを見せてくれている黙示録(もくしろく)的(=神の何らかの啓示が現れているような)図絵(ずえ。=絵がら。)である。 ドストエーフスキイは、どの一人物にも遂に救済された人間の像を独占的にはあたえてはいない。逆説的に、むしろ、あらゆる人物が、人殺しでも、そのような人間のままで、作者によって愛情深く見まもられ叙述(じょじゅつ)される(=書き記される)ということを通して肯定され、救いのうちに置かれていることが暗示される。ドストエーフスキイは、人間の現実を矛盾のまっただなかでとらえ、人間的葛藤(かっとう)に人間の真実を見て、しかもその人間に執着して徹底的に描破(びょうは)した作家といえる。
★飯島宗享
哲学者。
ドストエフスキーの小説の大切な特徴をよく見て述べている評言であり、心を打たれるものがある文章だ。
高尾利数・筆
『キリスト教を知る事典』(東京堂出版1996年初版)の「近代ドイツ・プロテスタント神学」の項「二十世紀につながる思想」の「ドストエフスキー」のp135より。
彼(=ドストエフスキー)は、近代的人間を「人神」と把握し、その「破滅性」を鋭く描き出した。彼は一貫して近代の合理主義に深い疑問を提起し、その皮相な楽観主義を批判した。彼が言う「人神」とは、近代において次第に自己絶対化の度合いを強めてきた自我理解を批判したもので、人間が神の如(ごと)くに思い上がった様(さま)を表現したものであった。こうした道は、遂(つい)には虚無に陥り破滅に至るものであり、いかにヒューマニズムなどと言っても、それには真の根がなく破滅に至るほかないのだ、と主張した。その「人神」の典型は、『カラマーゾフの兄弟』のイワンや、『悪霊』のキリーロフや、『罪と罰』のラスコーリニコフなどによって人格化されている。
そういう「人神」に対して、ドストエフスキーが対置する象徴的表現は「神人」であるが、それは神から人へと向かう真実の愛の具現であり、イエス・キリストにおいて示される啓示にほかならない、と映る。この「神人」は、『罪と罰』のソーニャ、『カラマーゾフの兄弟』の長老ゾシマ、そしてアリョーシャ、そして『白痴』のムイシュキン公爵などによって人格化されている。このような思想は、最晩年に公にされた『プーシキン論』(1880年)において、最も鮮明に描き出されている。ドストエフスキーは、ある意味では偉大な預言者であったとも言える人物で、二十世紀の思想に計り知れない影響を与えた。
〔前半は、「意見・情報」交換ボードの[97年8月6日]に書き込んだ分〕
★高尾利数
キリスト教学者。現在、法政大学社会学部教授。
1930〜。
川喜田八潮著
『脱「虚体」論』(日本エディタスクール出版部1996年初版。)の「序にかえて」より。
ドストエフスキーは、現在ではさっぱり読まれない作家になってしまいました。精緻(せいち)な(=細かいところまで行き届いた)心理描写と日常の細部にわたる煩瑣(はんさ)な(=くだくだしい)風俗描写を特色とする十九世紀リアリズム小説の手法によって書かれ、錯綜(さくそう)する謎めいた人間関係と大仕掛けなロマンの枠組みをもつドストエフスキーの作品は、それだけでも、めまぐるしく回転する現在の産業社会の強迫的なリズムに追い立てられている私たちにとって、相当にまだるっこしいしろもの(=もの)です。おまけに次から次へと登場する「常軌を逸(いっ)した」病的な人物たちによる、独特の神経症的な葛藤(かっとう)の持続によって構成されたドストエフスキー作品の粘着的な時間は、疲労しきった現代人の神経をチクチクと苛(さいな)み、重苦しい<不安>をおぼえさせるのです。読まれなくなったのも無理はありません。特に活字離れがいちじるしい若者たちにいたっては、現代の日本の優れた作家の作品すらほとんど読まないという状況です。何を好んで、疎遠な(そえん。=縁遠い)十九世紀の、それもロシアの作家のぶ厚い小説などに取り組んだりするでしょうか。しかし、ドストエフスキーの作品は、現在でもなお、私たちにとって生々しい意味をもっているのです。いや、それどころか、その現在的な意義はますます痛切なものになってきている、といってもよいくらいです。それは、ドストエフスキーが、近代の病理(=病気の原因や経過についての理論)の根源を最もシンプルにわしづかみにしてみせたばかりでなく、それを超えるような生活思想者のまなざしというものを創造しえた数少ない文学者のひとりだからです。
★川喜田八潮
かわきた やしお。評論家。
1952〜。
上の文章の末部の「それを超えるような生活思想者のまなざしというものを創造しえた」の内容に関しては、上書の本論で詳しく論じられているので、上書『脱「虚体」論』の本論を読まれることをおすすめします。この本は、ドストエフスキーの登場人物の生のありさまを、我々現代人の生のあり方の「反面教師」として批判的に捉えて論じていて、いろいろ考えさせられることの多い感動の名著だと思います。
川喜田八潮著
『脱「虚体」論 ― 現在に蘇るドストエフスキー』(日本エディタスクール出版部1996年初版)より。p66〜p67。
ドストエフスキーのユニークさは、実は、アジア型のデスポット(=独裁者)の位置に自らをなぞらえるイヴァンやシガリョフ(注:『悪霊』の登場人物)、さらには、彼が生み出してきたさまざまな悪魔的な人物たち、たとえば、ピョートル・ヴェルホーヴェンスキーとかニコライ・スタヴローギンのような無神論者たちの内面に着目し、その内部を、人間へのどす黒い<嫌悪(けんお)>と世界の<不条理性>に色どられた暗黒の相(そう)においてとらえられているという点にあります。つまり、ドストエフスキーは、大審問官の思想によって象徴される課題を、一見、政治思想の問題であるかのように取り扱っておりますけれども、実はそうではなくて、そういう政治思想の形で<自己表現>を行わざるをえなかった無神論者たちの、個人的な人生の<不幸>の問題、あるいは魂の病理の問題として煮(に)つめてゆくことで、問題の核心を全く別の<次元>に置き換えてみせるわけです。ここに、大審問官の挿話が与える異様に生々しい<感触>の秘密があるのです。つまり、もしこれがただの政治思想の問題として提出されただけならば、その範囲の問題でしかないわけですね。これまで私たちが検討してきた事柄で、すべての問題は片づいてしまうわけです。しかし、ほんとは、そういうアジア的なデスポティズム(=専制政治)の社会を構想せざるをえなかったイヴァンという主人公の、無神論者としての荒寥(こうりょう。=荒涼)とした内面がはらんでいる問題性というものを、<時代の病理>の象徴として提出するというところにこそ、ドストエフスキーの真面目(しんめんもく。=本領)があるわけです。
★川喜田八潮
かわきたやしお。評論家。
1952〜。
マルクス主義の考え方に、「存在が意識を決定する。」〔=その人が日頃どういう考えや思いを持つか(=意識)は、その人の生活環境や身分(=存在)によっている場合が多い。〕という鋭い見方がありますが、川喜田氏の上の、無神論的な登場人物たちが無神論的な壮大な思想を抱くようになった背景(彼らの生い立ちや彼らの「生」自身の内の問題点)をこそ見ていくべきだとする見方は、ドストエフスキーの小説における無神論的な登場人物及びその思想(さらにはドストエフスキー自身の思想)を理解していく場合の、きわめて大事な観点だと私も思う。作者ドストエフスキーも、実際、作中でしばしば、彼らの生い立ちを重視して読者に詳しく説明することをしており、そのあたりの彼らの生の問題点や社会的背景といったことを十分意識しつつ、ドストエフスキーは彼らの言動を描いているように思う。
木原武一著
『名作はなぜ生まれたか』(木原武一著。同文書院1993年初版。)の「ドストエフスキー」のp180、p183〜p184より。
フョドル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキーの魅力はどこにあるのか。ひとことでいえば、その暗くて熱いところに彼の魅力がある。彼はいわば、闇のなかでぎらぎら燃える火である。いったんそれを目にした者は、そのとりこになる。 ―途中、略― 研究者によると、ドストエフスキーの小説に登場する人物の四人に一人は神経症におかされているという。たしかに、いつもぶるぶる震(ふる)えていたり、顔がすぐ赤くなったり青くなったりして、どこか異様な感じの人たちがたくさん出てくるが、妙なことに、読み進むうちに彼らに親しみが感じられてくるのである。たぶん、それはこういった人物を通して、ほとんどすべての人間の抱く苦悩や歪(ゆが)みなどが語られているからでもあるが、しかし、それだけてはない。作者ドストエフスキーがすべての登場人物に熱い想いを注ぎ込んでいることがひしひしと感じられるからでもある。ここが、ロシアのもう一人の文豪トルストイがドストエフスキーと決定的に異なるところである。トルストイは小説の登場人物を冷たい目でながめ、分析し、批判し、威厳をよそおう人間の失態をあばこうとする。ところが、ドストエフスキーは、人間の心の奥深くに閉じこめられた悲痛な叫び声に耳を傾け、いつも醜態を演じてばかりいる小役人の中にもひそむ人間の尊厳を描き出そうとする。
★木原武一
きはらぶいち。評論家。
1941〜。
金澤 美知子・筆
川端香男里・金澤美知子著『ロシア文学』(放送大学教育振興会1994年刊)の中の項「ドストエフスキー」より。
ドストエフスキーは人間の心理を描くことにかけては、実に非凡な才能を示した作家である。彼は人間の心の動きを観察し、ある理論に基づいて分析してみせた。それは、正反対のものへ同時に向かう、という「二重性」の論理であった。彼は愛情の中に憎悪を、感謝の中に憎しみを、神の否定の中に信仰への願望を認め、この矛盾した状態をそのまま受け入れたのである。ドストエフスキーは合理主義的な考え方を嫌い、矛盾や自己分裂にこそ人間本来の姿を見ていた。彼の作品の中では、矛盾に対する明確な解答やカタルシス(=苦悩などの浄化・解消与えられない。カタルシスが予感として暗示されている場合でも、彼の作品の面白さは、主人公たちがこの矛盾の中でどのように自己のアイデンティティ(=自己同一性)を保ち続けるか、という点にある。読者が感じる緊張感、ニヤリとしたくなるような滑稽(こっけい)な感じ、あるいは感動は全て、主人公たちのこの奮闘ぶりから来るものなのである。
〔「意見・情報」交換ボードの[97年6月13日] に書き込んだ分〕
★金澤美知子
ロシア文学者。現在、東京大学文学部助教授。
アンドレ・ジイド著
『ドストエフスキー』(秋田滋訳・改造文庫1936年初版)所収の「ドストエフスキー生誕百年を祝い、ビュー‐コロンビエ座において朗読した小演説」のp63より。
※、旧仮名遣い・旧表記は、現代表記に改めました。
ドストエーフスキイの人物の多くを、あれほど不安な、あれほど病的なまでに奇怪なものに見えさせる性格上の奇形、偏奇(=偏(かたよ)った奇形)のうちで、その源を過去に受けた或(あ)る屈辱に発していないものは一つとしてない、と私は思うのである。
★アンドレ‐ジイド
フランスの作家・批評家。代表作は『狭き門』『法王庁の抜け穴』。
1869〜1951。
上の指摘は、ドストエフスキーの登場人物に関する鋭い指摘だと思う。
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