宇部商の通算成績

(更新:24/08/04)

http://ss390950.stars.ne.jp/BT-2.gif

事項
甲子園での戦績

公式戦の通算の戦績
(更新:24/08/04)

 



甲子園での宇部商の通算成績

夏は12回出場し、

19勝12敗  
※勝率 .613


春は7回出場し、

8勝7敗  
※勝率 .533


夏春合わせて19回出場し、

27勝19敗

※勝率 .587

宇部商の、

甲子園での本塁打一覧 (  )

甲子園での本塁打数
夏:22本
 
全国で現在、
第13位(  )
春:4本 



甲子園春夏の宇部商の戦績

 

菊永監督在任の時期

 

66年・ ベスト4

2回戦

宇部商5-3三重

準々決勝

宇部商7-2金沢

準決勝

宇部商4-5中京商 (延長15回)

 

 

69年・夏 初戦敗退

2回戦

宇部商1-2取手一

 

 

玉国監督在任の時期

 

76年・夏 初戦敗退

1回戦

宇部商3-4秋田商

 

 

82年・夏 初戦敗退

2回戦

宇部商1-3高岡商

 

 

83年・ 初戦敗退

1回戦

宇部商0-2久留米商

 

83年・夏 ベスト8

2回戦

宇部商6-5帝京

3回戦

宇部商3-0仙台商

準々決勝

宇部商1-4横浜商

 

 

85年・ 1勝

1回戦

宇部商9-1熊谷商

2回戦

宇部商2-6PL学園

 

85年・夏 準優勝

1回戦

宇部商8-3銚子商

2回戦

宇部商8-0鳥取西

3回戦

宇部商8-5東農大二

準々決勝

宇部商5-3鹿児島商工

準決勝

宇部商7-6東海大甲府

決勝

宇部商3-4PL学園

 

 

88年・ ベスト8

2回戦

宇部商3-2堀越
(延長12回)

3回戦

宇部商2-1中京

準々決勝

宇部商4-5宇和島東

 

88年・夏 ベスト8

1回戦

宇部商8-0日大山形

2回戦

宇部商6-4八幡商

3回戦

宇部商4-2東海大甲府

準々決勝

宇部商3-7浦和市立
(延長11回)

 

 

90年・夏 ベスト16

1回戦

宇部商3-2美濃加茂

2回戦

宇部商8-4渋谷 
(延長10回)

3回戦

宇部商2-4西日本短大付

 

 

91年・夏 ベスト16

1回戦

宇部商2-0東邦

2回戦

宇部商8-3学法石川

3回戦

宇部商5-7沖縄水産

 

 

95年・ 1勝

1回戦

宇部商10-9桐蔭学園

2回戦

宇部商1-4銚子商

 

 

98年・夏 1勝

1回戦

宇部商5-2日大東北

2回戦

宇部商2-3豊田大谷 
(延長15回)

 

 

01年・夏 初戦敗退

1回戦

宇部商0-12花咲徳栄

 

 

02年・夏 初戦敗退

1回戦

宇部商2-3常総学院

 

 

05年・ 1勝

1回戦

宇部商6-2高松

2回戦

宇部商0-2愛工大名電

 

05年・夏 ベスト4

1回戦

宇部商7-4新潟明訓

2回戦

宇部商2-0静清工

3回戦

宇部商11-2酒田南

準々決勝

宇部商5-3日大三

準決勝

宇部商8-10京都外大西

 

 

中富監督在任の時期

 

7年・ 1勝

1回戦

宇部商4-3日大藤沢

2回戦

宇部商1-4室戸




公式戦の宇部商の通算の戦績
(
更新:24/08/04)

~~~~は、甲子園での上位進出や活躍。
は、甲子園大会や県大会で上位進出(県大会はベスト4以上)など、戦績の主なトピック。は、注目したい好成績のトピック。
は、惜しまれる惜敗・敗退した戦績。
黄土色は、大会についての解説。は、時期ごとのチームの戦績の大まかなまとめ。
○○にした年度は、チームが強かった年度。


〔戦前〕

36年度~40年度〕
〔宇部商〕(36年度~40年度)
36年度に夏県予選に初出場。

36
年度は、
夏県予選初戦敗退。

39
年度は、
夏県予選、1勝して(夏県予選初勝利)2回戦で敗退。

※、以上の時期の監督は未確認。

〔戦後〕

47年度~61年度〕
〔宇部商〕(47年度・48年度)

47
年度・48年度は、
夏県予選1回戦で敗退。

〔宇部農商〕(49年度~52年度)
※、宇部農との統合により、この時期の校名は「
宇部農商」。

49
年度~52年度は、
夏県予選1回戦で敗退。

〔宇部商〕(53年度~)
※、宇部農芸高校(のちに宇部西高校と改名)が分離して、校名は「宇部商」に戻った。

53年度・54年度は、
夏県予選1回戦で敗退。

55
年度は、
秋季県大会ベスト8(県決勝大会へ初出場)
夏県予選ベ、2勝して県スト8。

56
年度・57年度は、
夏県予選、1勝して2回戦で敗退。

58
は、宣山投手(のぶやま・のちに広島カープに入団・右腕)・宮本投手・日高捕手を擁して、
秋季県大会準優勝、
春季県大会準優勝、
会長旗大会優勝

夏は、2勝して夏県ベスト
(準々決勝で準優勝した岩国工に5-6で惜敗)

59
年度は、
夏県予選、2勝して県ベスト8。

60
年度は、
夏県予選、1勝して3回戦で敗退。

61
年度は、
夏県予選1回戦で敗退。

※、以上の時期の監督は未確認。

※、戦前の36年の創部から61年度までは、55年度・58年度・59年度(58年度チームは強かった)のほかは、戦績は振るわなかった。

62年春~713月〕
62年春に、菊永悦男監督(元柳井商工監督)が監督に就任。713月まで監督をつとめた(退任後は下関商に異動して下関商監督となった)

62
年度は、
夏県予選、3勝して県ベスト8。

63
年度は、
縄田投手・真鍋選手を擁して、
夏は、5勝して
決勝で全国で準優勝する池永投手の下関商に敗れて夏県準優勝

※、63年度は、記念大会であり、県優勝のチームが夏甲子園に出場した。

64
年度は、
秋季県大会ベスト8、
夏県予選、3勝してベスト8。

65
年度は、
夏県予選、1勝して3回戦で敗退。

66年度は、三原投手玉国選手・有田()選手を擁して、
秋季県大会準優勝・秋季中国大会ベスト4により春選抜甲子園に出場し、2勝してベスト4。甲子園初出場。
夏は、1勝して
準々決勝で岩国工に0-1で敗れて夏県予選ベスト8。


67
年度は、安田選手を擁して、
春季県大会ベスト4、
会長旗大会ベスト4

夏県予選、3勝して県ベスト8。

68
年度は、
銭谷投手・2年生の有田()捕手を擁して、
夏は、5勝して
決勝で岩国商に敗れて夏県優勝

69年度は、2年生の松原投手有田()捕手・2年生の高月選手を擁して
夏は、県予選5勝してベスト2・西中国大会優勝で夏甲子園に出場(初戦敗退)。夏初出場。

70
年度は、
松原投手高月選手を擁して
春季県大会優勝・春季中国大会出場
(初戦敗退)
夏県予選ベスト8。

71
年度の秋は、
秋季県大会ベスト8


※、菊永監督は、66年春・69年夏に宇部商を甲子園に導くなど(63年度・68年度は夏県準優勝)60年代に宇部商を県決勝大会進出の常連校に押し上げた。

71年春~75年度〕
71年度の春夏は、
夏県予選、1勝して2回戦で敗退。

72
年度は、松永投手(のちに阪神タイガースに入団)を擁して、
秋季県大会ベスト8、
春季県大会ベスト4、
会長旗大会優勝

夏県予選、3勝して県ベスト8。

73
年度は、
会長旗大会ベスト8、
夏は、2勝して3回戦で敗退。

74
年度は、
秋季県大会ベスト8、
夏県予選1回戦で敗退。

75
年度は、
春季県大会ベスト8、
夏は、1勝して3回戦で敗退。

※、以上の時期の監督は未確認。

※、71年度~75年度の時期は、72年度のチームは強かった。

76年度~81年度〕
75
年秋に、玉国光男監督が監督に就任。玉国監督は05年夏まで30年の間、監督をつとめた。

76年度は、左腕藤井投手(2年生)・左腕村上投手(2年生)柿田選手を擁して、
会長旗大会ベスト4
夏は、
県を制して夏甲子園に出場(初戦敗退)夏2回目の出場。

77
年度は、左腕
藤井投手・左腕村上投手を擁して、
春季県大会ベスト4
夏は、3勝して
夏県ベスト4(柳井商に敗退)

78
年度は、
夏は、初戦の2回戦で宇部工に敗退。

※、79年度は、秋に部員の不祥事があり、県大会出場禁止の処分を受け、県大会への出場はなかった。

※、玉国監督が就任して、76年度・77年度は、76年度は夏甲子園出場など、好成績をおさめたが、続く78年度・79年度は停滞の時期となった。

80
年度は、金田()投手金田()選手(2年生)を擁して、
秋季県大会ベスト8、
春季県大会ベスト4、
会長旗大会ベスト4

夏は、3勝して
夏県ベスト4(岩国に3-5で敗退)

81
年度は、
森岡投手秋村投手(1年生)杉谷投手(2年生)・金田選手・秋村捕手を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会出場(初戦敗退)
春季県大会ベスト8、
会長旗大会ベスト8、
夏は、4勝して
夏県ベスト4(多々良学園に3-4で惜敗)

※、80年度・81年度は、立て直しをはかって二年間の停滞から立ち直り、4県大会とも県決勝大会に進出し、夏県連続ベスト4の好成績をあげ、宇部商は黄金期の始めとなる82年度・83年度を迎えていく。

82年度~91年度〕
82
年度は、好右腕秋村投手(2年生)・杉谷投手・枩西選手(まつにし)を擁して、
秋季県大会準優勝・秋季中国大会出場(初戦敗退)
春季県大会優勝春季中国大会出場(初戦敗退)
会長旗大会ベスト8、
夏は、
県を制して夏甲子園に出場(初戦敗退)。夏3回目の出場。

83
年度は、好右腕秋村投手浜口選手(2年生)を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会準優勝により春選抜甲子園に出場(初戦敗退)。春2回目の出場。
春季県大会ベスト8(萩商に1-6で敗退)
会長旗大会優勝
夏も
県を制して夏甲子園に出場し、甲子園初勝利をあげ、2勝してベスト8夏4回目の出場。春夏連続甲子園出場

84
年度は、
田上投手(2年生)古谷投手(2年生)浜口選手を擁して、
秋季県大会準優勝・秋季中国大会ベスト4ながら翌春の選抜甲子園出場を逃し
春季県大会2回戦で萩工に延長10回の3-4で敗退、
会長旗大会1回戦で豊浦に1-3で敗退、

夏は、準決勝で有力校の多々良学園を5-4で破るも、決勝で柳井高校に9回裏に逆転されてサヨナラ負けを喫して夏県準優勝となり、3年連続夏甲子園出場を断たれた。

85年度は、好左腕田上投手古谷投手藤井選手・福島選手・佐藤選手・田処捕手(2年生)・桂選手を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会優勝により春選抜甲子園に出場して1勝。春3回目の出場。
春季県大会ベスト8、
会長旗大会優勝
夏も
県を制して夏甲子園で5勝して全国準優勝。夏5回目の出場。春夏連続甲子園出場

86
年度は、
田処捕手・川越選手を擁して、
秋季県大会ベスト8、
春季県大会3回戦で敗退、
会長旗大会ベスト4
夏は、夏県ベスト8(
準々決勝で優勝した岩国商に4-5で惜敗)

87
年度は、好左腕
木村投手(2年生)を擁して、
秋季県大会ベスト4
春季県大会2回戦で敗退、
会長旗大会優勝
夏は、2勝して夏県ベスト8(
準々決勝で優勝した温品投手の徳山に2-3で惜敗)

88
年度は、好左腕
木村投手・宮内選手(1年生)を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会出場(初戦敗退)だったが、実力が認められて選抜甲子園出場校に選出されて春選抜甲子園で2勝してベスト8。春4回目の出場。
春季県大会2回戦で敗退、
会長旗大会ベスト4
夏も
県を制して夏甲子園で3勝してベスト8。夏6回目の出場。春夏連続出場でいずれもベスト8

89
年度は、
宮内捕手(2年生)坂本選手泉選手(2年生)を擁して、
秋季県大会3回戦で敗退、
春季県大会ベスト4
会長旗大会2回戦で敗退、
夏は、夏県ベスト8(
優勝した宇多村投手の桜ケ丘に2-5で敗退)

90年度は、好左腕金藤投手(2年生)・宮内選手・松本選手・泉選手を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会出場(初戦敗退)
春季県大会3回戦で敗退
会長旗大会優勝
夏は、
県を制して夏甲子園で2勝してベスト16。夏7回目の出場。

91年度は、好左腕金藤投手・田中選手・山本選手・工藤選手を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会1勝
春季県大会ベスト4
会長旗大会優勝
夏は、
県を制して夏甲子園で2勝してベスト16。夏8回目の出場。2年連続夏甲子園出場し、いずれも2勝した

※、この82年度~91年度は、春夏甲子園に9度も出場して、ミラクル逆転劇を数多く演じ、83年夏甲子園ベスト8、85年夏全国準優勝、88年春夏甲子園ベスト8、90年夏甲子園ベスト1691年夏甲子園ベスト16など、宇部商の黄金期と言える。

92年度~97年度〕
92年度は、浅田投手・池島投手・松山投手柴田投手(2年生)を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会1勝、
春季県大会2回戦で敗退、
会長旗大会準優勝、
夏は、夏県ベスト4(準決勝で優勝した山口県鴻城に敗退)

93年度は、柴田投手国安投手(2年生)を擁して、
秋季県大会ベスト8、
春季県大会2回戦で敗退、
会長旗大会初戦敗退、
夏は、
夏県ベスト4(準決勝で優勝した光に敗退)

94
年度は、
国安投手福田選手(2年生)を擁して、
秋季県大会ベスト8、
春季県大会ベスト8、
会長旗大会初戦で宇部に4-7で敗退、
夏は、2勝して3回戦で会長旗大会に続いて宇部に1-2で敗退。

95
年度は、好左腕
三分一投手(さんぶいち)福田選手・松尾捕手を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会優勝により春選抜甲子園に出場し1勝をあげた。春5回目の出場。
春季県大会初戦敗退(西京に1-7で敗退)
会長旗大会初戦敗退(西京に1-7で敗退)
夏は、2勝して
3回戦で山口県鴻城に3-4で敗退。

96年度は、山田投手・森畑選手上本選手(1年生)を擁して、
秋季県大会準優勝・秋季中国大会1勝、
春季県大会ベスト8、
会長旗大会ベスト4、
夏は、初戦の2回戦で早鞆に7-8で敗退

97年度は、山下投手(2年生)上本捕手(2年生)・田村選手を擁して、
春季県大会ベスト4、
会長旗大会2回戦で敗退、
夏は、1勝して2回戦で優勝した西京に敗退。

※、94年度~97年度は、95年春に秋季県大会優勝・秋季中国大会優勝で選抜甲子園に出場するも、夏は地区予選で敗退して、戦績は振るわなかった。

98年度~02年度〕
98年度は、好左腕藤田投手(2年生)・山下投手・上本捕手(のちに西武に入団)嶋村選手(2年生)平田選手(1年生)をを擁して、
春季県大会ベスト4
会長旗大会ベスト8、
夏は、
県を制して夏甲子園に出場し1勝をあげた(2戦目の豊田大谷戦では 延長15回に藤田投手のボークでサヨナラ負け)。夏9回目の出場。

99年度は、好左腕藤田投手・嶋村選手(のちにオリックスに入団)2年生の平田選手を擁して、
春季県大会ベスト4、
会長旗大会ベスト4

夏は、2勝して夏県ベスト8(
多々良学園に敗退)

00年度は、平田投手網本選手・1年生の秋本選手を擁して、
秋季県大会ベスト8、
春季県大会ベスト8、
夏は、
決勝で岩国に2-3で惜敗して夏県準優勝

01
年度は、
古谷投手(2年生)秋本選手(2年生)佐藤選手・森畑選手・藤田捕手を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会1勝
春季県大会3回戦で敗退、
会長旗大会2回戦で敗退、
夏は、
県を制して夏甲子園に出場(初戦で花咲徳栄に0-12で大敗)。夏10回目の出場。

02
年度は、
古谷投手秋本選手・松本選手を擁して、
秋季県大会準優勝・秋季中国大会出場(初戦敗退)
春季県大会3回戦で敗退、
会長旗大会優勝
夏は、
県を制して夏甲子園に出場(初戦で常総学院に9回表の反撃は2点にとどまり2-3で惜敗)。夏11回目の出場。2年連続夏甲子園出場

03年度~05年度〕
03
年度は、好左腕弘中投手河田投手家島投手(2年生)を擁して、
秋季県大会2勝して3回戦で敗退(
岩国に1-8で敗退)
春季大会2回戦で敗退、
会長旗大会ベスト4、
夏は、準々決勝で大伴投手の岩国に延長10回の0-1で敗れて夏県ベスト8。

04
年度は、
家島投手・好永投手(2年生)・佐伯投手を擁して、
秋季県大会ベスト8(
響に3-7で敗退)
春季県大会3回戦で敗退、
会長旗大会ベスト4、
夏は、準決勝で前年夏に続いて梅本投手の岩国に5-10で敗れて夏県ベスト4

05年度は、好左腕好永投手・上村選手・工藤選手・井田選手・星山捕手・豊田選手(2年生)・高橋選手(1年生)を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会優勝により春選抜甲子園に出場して1勝。春6回目の出場。
春季県大会ベスト8、
会長旗大会2回戦で敗退、
夏は、準々決勝・準決勝で岩国・華陵を撃破し、
県を制して夏甲子園で4勝してベスト4(準決勝で京都外大西に8回裏に7-6と勝ち越したものの、9回表に暴投による生還など4点を献上して逆転され8-10で敗退)。夏12回目の出場。春夏連続甲子園出場

玉国監督は、05年秋以降、宇部商の監督を中冨コーチに任せていたが、067月末に正式に勇退表明。その後も、宇部商の総監督として選手たちへの指導を継続した。(14年春から宇部市内の中学硬式チーム・宇部ボーイズの監督に就任。)

※、98年度は、夏甲子園出場1勝と藤田投手の悲運のサヨナラボークで話題となり、01年度・02年度は連続で夏甲子園に出場するも、いずれも初戦敗退という玉国宇部商らしからぬ結果となった。
※、98年度以降は,08年度まで、夏は、県決勝大会へ進出している。夏甲子園出場を果たした間の99年度~04年度のチームも、強かった。
※、05年度は、玉国監督在任の最後の年度として、夏全国ベスト4を成し遂げて、宇部商の復活・健在を世に示した。

※、玉国監督は、監督在任中の30年の間に、春夏甲子園出場(夏11回・春5回)において通算2416(1911敗・春55)。甲子園で幾多の劇的なミラクル試合を演出した。

06年度~11年度〕
06
7月末に、中冨 力監督が、玉国監督のあとを受けて、監督に就任。(05年夏の大会のあと、06年夏までは監督代行として指揮を取った。中冨監督は、83年春夏に宇部商の主将として豪腕秋村投手とバッテリーを組んで甲子園で活躍。宇部商に赴任後は玉国監督のもとで宇部商の部長・コーチを長くつとめた。)

06
年度は、
豊田投手高橋投手(2年生)・原田捕手(2年生)・下井選手(2年生)・三上投手(1年生)を擁して、
秋季県大会第三位・秋季中国大会出場(初戦敗退)
春季県大会ベスト8、
会長旗大会ベスト8、
夏は、1勝して
2回戦で早鞆に敗退(延長10回の5-6でサヨナラ負けした)

07年度は、高橋投手・原田捕手三上投手(2年生)國本選手・中田選手・下井選手・2年生の林選手を擁して、
秋季県大会優勝・秋季中国大会ベスト4により春選抜大会に出場し1勝をあげた(初戦の日大藤沢戦で林選手にサヨナラソロが出た)。春7回目の出場。
春季県大会ベスト8、
会長旗大会優勝
夏は、
準々決勝で岩国に敗れて夏県ベスト8に終わった。

08年度は、三上投手・畠中投手(2年生)財満投手(2年生)・福嶋捕手・林選手・山下選手・齋藤選手を擁して、
秋季県大会第三位、秋季中国大会出場(初戦敗退)
春季県大会準優勝・春季中国大会優勝
夏は、準々決勝で南陽工に敗れて夏県ベスト8に終わった

09
年度の秋春は、左腕
畠中投手・左腕財満投手・目選手(さっか)を擁して、
会長旗大会ベスト8(
準々決勝で岩国商の柳原投手にノーヒットノーランを喫した)

09
年秋に、藤井 久監督が監督に就任。(096月から中富監督に代わって監督代行として指揮を執った。藤井監督は、玉国監督と二人三足で長年宇部商でコーチをつとめてきた。)

09
年度の夏は、好左腕畠中投手・好左腕財満投手・目選手(さっか)を擁して、
夏は、1勝して
2回戦で前原投手の西京に5-7で敗退。

10年度は、山本()投手・藤野投手・牧野選手を擁して、
秋季県大会2勝して3回戦で敗退、
春季県大会2勝して3回戦で敗退、
夏は、1勝して前年夏に続いて2回戦で為栗投手の西京に延長10回の4-5でサヨナラ敗退。

11年度は、好左腕西村投手・畑谷選手・大田選手を擁して、
秋季県大会ベスト8(準々決勝で安原投手の徳山商工に3-5で敗退)
春季県大会1勝して2回戦で敗退、
夏は、1勝して
2回戦で岡本投手の宇部工に5回コールドの0-10で敗退。
3年連続で夏季県大会1勝して2回戦敗退となった。

11
年夏の県大会終了後、藤井監督は退任。

※、玉国監督退任後のこの06年度~11年度の時期は、中富監督が率いた06年度~08年度は、07年春選抜甲子園1勝、08年春季中国大会優勝など、チームは強かったが、08年度~11年度は、戦績は低迷した。

12年度~16年度〕
11
年秋に、桑原英樹監督(前防府高校監督・114月に同校に異動)が、藤井監督に代わって、監督に就任し、118月の秋季長南大会では指揮を執った。

12年度は、山内投手・山下投手・小田選手・中尾()選手を擁して、
秋季県大会は、2勝して3回戦で敗退、
春季県大会は、県ベスト8、
夏は
2勝して3回戦で優勝した宇部鴻城に4-5で惜敗

13年度は、原田投手中尾投手(2年生)佐藤投手(2年生)山岡投手(2年生)を擁して、
秋季県大会は、県ベスト8、
春季県大会は、2勝して3回戦で敗退、
夏は、1勝して2回戦で宇部工に1-4で敗退。


14年度は、中尾投手・佐藤投手山岡投手・有吉選手・宮崎()捕手(2年生)を擁して、
秋季県大会は、
県第3位(4年半ぶりに県大会で準々決勝を突破した)秋季中国大会出場(初戦敗退)
春季県大会は、県ベスト8、
夏は
1勝して3回戦で福島投手の宇部鴻城に敗退。

15年度は、宮崎()捕手・小幡投手枡永投手・宮本投手・田中()選手を擁して、
秋季県大会は、
県準優勝・秋季中国大会ベスト4ながら、翌春の選抜甲子園出場には漏れた。
夏は、4勝して夏県ベスト4(優勝した下関商に敗退)

16
年度は、好左腕
野口投手・好左腕橋口投手・宮崎()選手・堀川選手・宮崎()選手を擁して、
秋季県大会は、県準優勝・秋季中国大会出場(初戦敗退)3年連続秋季中国大会出場
夏は、
準々決勝で優勝した高川学園に敗れて夏県ベスト8で終わった。

※、09年度~13年度は県大会もベスト8どまりで戦績の不振が続いたが、桑原監督のもと、14年度~16年度は県決勝大会でベスト4以上の上位進出を取り戻して、宇部商復活への動きを世に示した。

17年度~〕
17
4月に、松尾貴史監督が監督に就任し(桑原監督は防府商工に異動)、現在に至る。
(
松尾監督は、95年度宇部商チームの4番捕手だった同校野球部OB同校野球部コーチをつとめていた。)

17
年度は、
小南投手・原田投手・竹林投手・田中投手(2年生)丸尾選手・荒瀬選手・金子選手・村田選手(1年生)・浜口選手(2年生)を擁して、
秋季県大会は、2勝して3回戦で中田投手の慶進に敗退、
春季県大会は、1回戦で秋に続いて中田投手の慶進に敗退、

夏は、快進撃を続けて15年度に続いて4勝して夏県ベスト4(優勝した下関国際に延長11回の6-8で惜敗した)

18
年度は、
田中投手・上田投手(2年生)、浜口選手・古谷選手・村田選手(2年生)・岩本選手(2年生)・橋本選手(1年生)を擁して、
秋季県大会は、3回戦で宇部鴻城に延長11回の3-5で敗退、
春季県大会は、3回戦で秋に続いて宇部鴻城に敗退、

夏は、2勝して3回戦で宇部工に8回裏に逆転されて4-7で敗退。

19年度は、松本投手(2年生)油川投手上田投手村田選手橋本選手(2年生)山田選手岩本選手を擁して、
秋季県大会は、県ベスト8(準々決勝で6、7回に8点を献上して柳井学園に7回コールドの3-11で敗退)
秋の県1年生大会優勝
春季県大会は、県ベスト8(
聖光に延長11回の1-2で惜敗)
夏は、1勝して3回戦で西京に4-7で敗退。

20
年度は、松本投手・油川投手・大田投手(2年生)、橋本選手・山田選手・河村選手、坪井選手(2年生)・岩井選手を擁して、
秋季県大会は、県ベスト8
(準々決勝で5回まで7-2のリードも試合終盤に追いつかれ延長戦で勝ち越されて南陽工に敗退)
夏は、1回戦で伏兵・萩商工に不覚を取って初戦敗退となった。

21
年度は、大田投手・茗荷谷投手、坪井選手・岩井選手・下垣選手・西田選手、松西選手(2年生)を擁して、
秋季県大会は、下関国際に敗れて夏に続いて初戦敗退となった。
春季県大会は、3回戦で秋季県大会ベスト4の萩商工に完封勝ちするなど3勝して県決勝大会に進出したが、準々決勝で高川学園に3-4で競り負けた。
夏は、シードと成り、2勝したが、準々決勝で長川投手の岩国商に敗退となり、夏県ベスト8で終わった。

22年度は、津村投手・遠矢投手、木村投手(2年生)、高森選手・松西選手・櫃田選手・篠原選手・岡崎選手を擁して、
秋季県大会は、県準優勝と躍進。秋季中国大会(1勝)
春季県大会は、2回戦(初戦)で西京に0-3で敗退、
夏は、1勝して3回戦で長門に敗退。

23年度は、木村投手・渡邊投手(2年生)、大森選手(右腕)・井本選手(2年生)・河口()選手(2年生)・森岡選手(1年生)を擁して、
秋季県大会は、2勝して3回戦で宇部工に2-4で敗退、
春季県大会は、2勝して3回戦で下関国際に敗退、
夏は、同じく下関地区のブロックに入り、2勝して再び3回戦で下関国際に敗退となった。


24年度は、渡邉投手・斎藤投手・薬師寺投手(2年生)、藤田投手(2年生)、河口選手・井本選手・池田選手・大下選手(2年生)・笹村選手(2年生)を擁して、
秋季県大会は、1勝して2回戦で宇部鴻城に1-3で敗退、
春季県大会は、2勝して3回戦で下関国際に敗退、
夏は、2勝して
3回戦で西京に延長15回の末、6-7で惜敗となった。


※、宇部商は、春は16年ほど、夏は18年ほど、甲子園出場から遠ざかっているが、桑原監督及び継いだ宇部商OBの松尾監督のもと、14年度秋季中国大会出場・15年度秋季中国大会ベスト4・16年度秋季中国大会出場、15年度夏県ベスト4・16年度夏県ベスト8・17年度夏県ベスト4、19年度秋季県大会ベスト8・19年度県1年生大会優勝・春季県大会ベスト8、22年度秋季県大会準優勝・秋季中国大会1勝と、甲子園に返り咲く宇部商復活の動きは14年度以降着実に現れてきている。

※、20年夏代替大会、20年秋季県大会は、コロナによる練習や調整の不足があったか、続けて初戦敗退となった。

※、21年度は、夏ベスト8で終わったが、21年秋は秋季県大会準優勝・秋季中国大会1勝を遂げ、22年夏は宇部商の躍進と甲子園復活が期待されたが、春・夏と戦績は振るわなかった。
23
年度・24年度は、三県大会とも、2勝(6大会)・1勝(1大会)するも、地区予選で敗退し、振わなかった。


http://ss390950.stars.ne.jp/BT-2.gif