ミハイル・バフチン著
『ドストエフスキーの詩学』(1929年初版・1963年増補改訂版。望月哲男・鈴木淳一訳・ちくま学芸文庫1995年初版。)より。
※、青字にした箇所は、バフチンが強調している箇所。赤字にした箇所は、キーワードとされる語句。
それぞれに独立して互いに融(と)け合うことのないあまたの(=多くの)声と意識、それぞれがれっきとした価値を持つ声たちによる真のポリフォニー(注:多声楽)こそが、ドストエフスキーの小説の本質的な特徴なのである。彼の作品の中で起こっていることは、複数の個性や運命が単一の作者の意識の光に照らされた単一の客観的な世界の中で展開されてゆくといったことではない。そうではなくて、ここではまさに、それぞれの世界を持った複数の対等な意識が、各自の独立性を保ったまま、何らかの事件というまとまりの中に織り込まれてゆくのである。実際ドストエフスキーの主要人物たちは、すでに創作の構想において、単なる作者の言葉の客体であるばかりではなく、直接の意味作用をもった自(みずか)らの言葉の主体でもあるのだ。したがって主人公の言葉の役割は、通常の意味の性格造型や筋の運びのためのプラグマチックな(=実用的な)機能に尽きるものではないし、また(例えばバイロン(イギリスの詩人・劇作家)の作品におけるように)作者自身のイデオロギー的な(=独善的な)立場を代弁しているわけでもない。主人公の意識は、もう一つの、他者の意識として提示されているのだが、同時にそれは物象化(ぶっしょうか=物的現象化)され閉ざされた意識ではない。すなわち作者の意識の単なる客体ではないのである。この意味でドストエフスキーの主人公の形象(けいしょう)は、伝統的な小説における普通の客体的な主人公像とは異なっているのである。ドストエフスキーはポリフォニー小説の創造者である。彼は本質的に新しい小説ジャンルを作り出したのだ。それゆえ彼の作品はどんな枠にも収まらない。つまり我々が従来ヨーロッパ小説に適用してきた文学史上の図式はいずれにも当てはまらないのである。
[以上、第1章「ドストエフスキーのポリフォニー小説および従来の批評におけるその解釈」のp15〜p16より。]
ドストエフスキーの世界には、弁証法も二律背反も確かに存在する。実際彼の主人公たちの思考は、時として弁証法的であり、あるいは二律背反的である。しかしあらゆる論理上の因果律は、個々人の意識の枠内にとどまるものであって、彼らの間の出来事レベルの相関関係を支配するものではない。ドストエフスキーの世界は本質的に個の世界である。彼はあらゆる思想を個人の立場として把握し、描いている。だから個々の意識の枠内においてでさえ、弁証法や二律背反の系列は、単に抽象的な要因としてあるに過ぎず、それは全一的で具体的な意識の別の様々な要因と分かちがたく絡(から)み合っているのである。この受肉した具体的な意識を通して響く全一的な(=独立した統一ある全体を保っているさま。)人間の生き生きとした声の中でこそ、論理系列は描かれる事件の総体に参加するのである。思想は事件に引き込まれることによってそれ自体が事件をはらむものとなり、特別な《イデエ=感情》、《イデエ=力》としての性格を獲得する。そこからドストエフスキーの世界における《イデエ》の比類ない独自性が生み出されるのである。もしこのイデエが、事件としての意識の相互作用から切り離され、モノローグ(=相手を想定しない独白。ダイアローグ(=対話)の対語。)的に体系づけられた文脈に押し込められてしまうなら(かりにそれがもっとも弁証法的な文脈であったとしても)、イデエは不可避的にその独自性を喪失し、出来の悪い哲学的な主張と化してしまうであろう。
[以上、第1章「ドストエフスキーのポリフォニー小説および従来の批評におけるその解釈」のp21より。]
ドストエフスキー創作においてもまた、当然のことながら、カーニバルの伝統は面目を一新して生まれ変わっている。そこでは、伝統は独自の意味づけを施され、他の芸術的要因と結びつき、これまでの章で明らかにしようとしたような、彼特有の芸術的目的に奉仕しているのである。カーニバル化はそこでは、ポリフォニー小説のあらゆる特性と有機的に結びついているのだ。
[以上、第4章「ドストエフスキーの作品のジャンルおよびプロット構成の諸特徴」のp320〜p321より。]
『罪と罰』を始めとするドストエフスキーの長編のどれを取っても、そこでは例外なく対話の徹底的なカーニバル化が行なわれている。
[以上、第4章「ドストエフスキーの作品のジャンルおよびプロット構成の諸特徴」のp335より。]
★ミハイル・バフチン
ロシアの文芸学者。1895〜1951。
氏の著作は、没後の1960年代になって相次いで陽(ひ)の目を見て刊行されるや、内外の学会の注目を集め、その中でも、この『ドストエフスキーの詩学』(1929年刊。1963年に増補改訂版が出る。)で、氏は、ドストエフスキーの文学の、
・「ポリフォニー小説」という
性格(ポリフォニックな性格)
・「カーニバル性」「イデエ(
=思想・観念・理念)」が表
現されていく芸術性
といったことを検証・指摘し、この説は、1960代半ば以降現在までのドストエフスキー文学研究における研究の視点や方法論に大きな影響を及ぼしてきた。その説と理論に対しては、検討を要する点もいくつかあるとする批判者も存在してはいるが、この説は、今後のドストエフスキー文学研究においても、一つの大事な基礎的理論として生命を保っていくことは間違いないと言われている。
上で挙げた箇所などで述べられているキーワードに関して、正確な理解はまだ不十分ながら、自分なりに、以下に、おおざっぱにまとめてみた。
〇ドストエフスキーの
小説における「ポリフォニー性」
ドストエフスキー自身の諸面の分身としての各小説の各登場人物が、作者と肩を並べるほどの互いに対等な独立した人格的存在として、作中において自己の思想(観念)や思いを互いに言葉で表出しあい、相手や他者を意識したその互いの発話・対話・討論・事件という関係性の中で、未来に向けて、各自己が自己というものや自己の思想や内面を、相互に、あくまで未完結的に発展的に、あらわにし、さらにまた、見出し、確認していく、といった性格のこと。
〇ドストエフスキーの
小説における「カーニバル性」
『白痴』第1部の末部、『カラマーゾフの兄弟』第2編における僧院での会合・第8編のモークロエ村でのどんちゃん騒ぎ、『罪と罰』第2部のマルメラードフ家でのお通夜の場面
などに見られるように、異質な登場人物同士が、一堂に数多く集まってきて、道化役の人物たちを中心とした、時に、常軌を逸(いっ)した、ちぐはぐな、無遠慮な振る舞いや会話のやりとりによって、場が、やんやと醜悪にあるいは陽気に盛り上がっていく中において、神聖高尚なるものや悲惨なる場面の「卑俗化・神聖化・笑い飛ばし・外し・パロディー化」等が行われ、やがて、喧噪(けんそう)と活気に満ちた彼らの祝祭(カーニバル)に劇的な終結やお開きがおとずれる、といった性格のこと。
〇ドストエフスキーの小説によっ
て伝えられる「イデエ」の独自性
ドストエフスキーの小説におけるそういった「ポリフォニー性」「カーニバル性」という芸術的形象を通して、その小説の創作動機としてドストエフスキーの頭の中に抱(いだ)かれている中心的な思想や理念が、展開的・非完結的に、作者の中でもさらに豊かに深められ、読者にも伝えられていくという性格のこと。
☆バフチンのドストエフスキー論に関しては、次の論文・文章などが、理解の助けになります。
・訳者望月哲男氏による「解説」
(上掲の『ドストエフスキーの詩学』のP571〜p579。)
各章の内容について親切に要領よく解説しています。
・新谷敬三郎・筆
「バフチンとドストエフスキー」
〔『特集=ドストエフスキーその核心』(ユリイカ詩と批評6月号。青土社1974年初版)に所収。〕
・内村剛介・筆
「「方法」から「存在」へ―バフチン」
〔『ドストエフスキー』(「人類の知的遺産51」。講談社1978年初版。)のp349〜p351。〕
・柄谷行人・筆
「ドストエフスキーの幾何学」
(講談社学術文庫『言葉と悲劇』1993年刊に所収。)
・柄谷行人・筆
「無限としての他者」
(『探求T』講談社1986年刊に所収。)
・大江健三郎著
『新しい文学のために』(岩波新書。1988年初版)のp175〜p183。
・清水孝純著
『ドストエフスキー・ノート―「罪と罰」の世界』(九州大学出版会1981年初版。)のp15〜p17。
・清水孝純著
『道化の風景―ドストエフスキーを読む』(九州大学出版会1994年初版。)の「序」。
・阿部軍治編著
『バフチンを読む』(NHKブックス818。日本放送出版協会1997年初版。)の中のp29〜p86。
☆バフチンに関するネット上のページや記事。
・「THEBAKHTINCENTRE」
(バフチーン研究センター
の公式ページ。
ただし、英文のページ。)
(情報提供:湯本さん)
亀山郁夫・筆
「小説という名の怪物が生まれ、二人の予言者が現れた。」より。〔週刊朝日百科『世界の文学』第15号(1999年10月刊)に所収。〕
『罪と罰』や『悪霊』を書いた当時のドストエフスキーは、保守派の論客として高い地位にあった。だからといって、社会主義の理念や革命に対する幻想が完全に潰(つい)えて(=すっかりなくなって)いたわけではなかった。青春時代の理想はむしろ、彼の魂の奥でかすかな炎をともし統けていたのだ。ドストエフスキーとは、このように、その根源において幾重にも引き裂かれた人間だったのである。
そして何よりも驚くべき点は、人類いや人間の一人ひとりがこれから選ぶべき道を、キリスト教による救済なり、善悪のモラルといった規範的な観念(=頭に勝手に描いた考え)のなかにおし込めることなく、真にポリフォニック(多響的)な声たちの饗宴(きょうえん。=豪勢な宴)として(→下の注)呈示した(=打ち出した)ところにある。ドストエフスキーの作家としてのスケールの凄(すご)さは、思考のプロセスに現れるいくつもの分裂をそのまま直視し、相対化する度量の広さにある、とも言えるだろう。
〔語注〕
・ポリフォニック(多響的)な声たちの饗宴
ミハイル‐バフチン(1895〜1951。ロシアの文芸学者。)が、ドストエフスキーの小説の特徴として示した「ポリフォニー性」のこと。各登場人物が、作者が中心となる視点から描かれるというよりは、おのおの作者から独立した存在として、相互に、自分の立場や考えを語り、行動し、その相互の対話や交渉の中で自己をあらわにしていくさま、のこと。
★亀山郁夫
かめやまいくお。ロシア文学者。東京外国語大学教授。
1949〜。
ルネ‐ジラール著
『ドストエフスキー ― 分身から統一へ』より。〔織田年和訳『地下室の批評家』(白水社1984年初版)に所収。p50。〕
彼(=ドストエフスキー)は自分にとり憑(つ)いた悪霊どもを小説のなかで形象(けいしょう)化して(=ある形にして)、それらを一つずつ祓(はら)う(=そのけがれ・罪を除き去って清める)。
★ルネ‐ジラール
フランス出身のアメリカの文芸批評家。
1923〜2015。
上のジラール氏の見方は、ドストエフスキーの創作動機に関するおもしろい見方だと思います。
池内 紀・筆
「最後のビザンチン人」より。〔『特集=ドストエフスキー』(現代思想1979年6月号。青土社刊。)に所収。p146。〕
ドストエフスキーは厖大(ぼうだい)な「作家ノート」を残している。その克明な記述によっても、彼が謎めいた夢遊の状態で書いたわけではないことはあきらかだろう。にもかかわらず、ドストエフスキーほど、心霊術でいう「霊媒(れいばい)」の助けをかりて書いたにちがいない、といった印象を与える作家はいないのだ。彼の作品は、聖者にとっての「黄金伝説」(→下の注)とひとしく、みえざる天使が口述筆記をしたかのようだ。しかし同時に、そこにはまたしばしば、しごく(=たいそう)人間的な顔がまじりこみ、突如としてなまみのドストエフスキーが顔を出す。 ―以下、略―
〔語注〕
・黄金伝説
中世ヨーロッパで流布した使徒・聖人伝。ジェノバ大司教ヤコブが十三世紀に編したと言われている。
★池内紀
いけうちおさむ。ドイツ文学者。
池内紀氏が上で言うように、後期の創作における、妻アンナと協力しての口述筆記は、特に登場人物の長広舌(ちょうこうぜつ)の箇所など、ドストエフスキーにおのおのの霊や天使がのりうつったかのように、忘我無碍(むげ)の状態で(極端な場合はいわゆる「自動書記」の状態で)行われたのかどうか、私もその仕事場の実際を以前から知りたく思っていました。ドストエフスキーの創作の状況や工房については、娘のエーメ(幼名リュボフ)が、母から聞いたものを中心に書き残しているものの、(その一部は、こちら。) 残念ながら、そのあたりのことまでは詳しく書き残してはいません。娘エーメの記述によれば、ドストエフスキーは、朝食後、前日の深夜に一人書斎で考え抜いてまとめた本文の下書きや骨子のメモ(これらは、のちに、後世のロシアのドストエフスキー研究者たちによって「創作ノート」としてまとめられる。)を手元に置いてそのまま読み上げるという形で、または、頭にまとめたままの内容を思い出すという形で、妻アンナに小説の本文を口述し速記させたようですが、ドストエフスキーの小説のポリフォニー性や、創作の過程でドストエフスキーはしばしばインスピレーションに見舞われている点などから言っても、ドストエフスキーの個人意識を越えた霊感のようなものが働いて、その場で即興で臨機応変に付け加えられるような本文箇所もあったのではないかと、私などは思う。
ドイツの哲学者ニーチェは、霊感に見舞われて忘我の状態で一気に書き上げたという『ツァラトゥストラ』について、「(書く過程で)自分は全く選択しなかった」と述べています。古今の偉大なる書というのは、そういった作者を越えた何か大いなる力が働いて、成る、という傾向があるのではないかと思う。
中村健之介・筆
「虐げられた人たちの内と外」より。〔『ドストエフスキー・作家の誕生』(みすず書房1979年初版)に所収。p187。〕
―途中、略― いわば過熱した内面の恣意(しい)的(=気ままな)濫用(らんよう。=乱用)は、ドストエフスキーの矯正(きょうせい)不可能の悪癖のようなものである。グリゴーリエフ(→下の注)がこの小説(注:ドストエフスキーの小説『虐げられた人びと』のこと)を評して「生活についての何たる無知!」と言ったのはもっともである。最近のソ連の研究者の論文でも「ドストエフスキーの人物たちは、永遠の軌道へ飛び出てしまった人間たちだ」という評があったが、それも、ドストエフスキーの、生活を無視して人物を書く傾向を指していると解(と)れなくはない(『ドストエフスキー。資料と研究』第一巻のM・ボボーヴィチの論文)。しかし、職業という能力発揮の型を無視して内面の濫用(らんよう)に身を任(まか)せる人間こそが、ドストエフスキーの発見であり、二十世紀文学へ彼の文学が繋(つな)がる可能性であったことも事実である。プルーストはドストエフスキーのよき読者であったし、ジョイス(→下の注)やカフカやカミュの代表作の主人公たちは、すべてしがない(=うだつのあがらない)勤め人なのに、その型からあふれ出していくのである。
〔語注〕
・アポロン‐グリゴーリエフ
ドストエフスキーの親友だった批評家・詩人。1822〜1864。『地下生活者の手記』が出た1864年に若くして亡くなっている。ドストエフスキー兄弟が発刊した雑誌「時代」「世紀」の同人でもあり、「土壌主義」を唱えた。「世紀」に掲載されたが批評家の注目を集めなかったドストエフスキーの『地下生活者の手記』の価値を認めた一人でもある。
・ジェームス‐ジョイス
アイルランドの小説家。1881〜1941。人間の内面を意識の流れにそって描き、二十世紀の文学に大きな影響を与えた。代表作『ユリシーズ』。
★中村健之介
ドストエフスキー文学の研究家・翻訳家。現代日本の代表的なドストエフスキー研究家の一人。元・東京大学教養学部教授。北海道大学名誉教授。
1939〜。
上の中村氏の、ドストエフスキーの小説における主要登場人物たちの、まともな就業や生活感や社会常識(マナー)の欠如・不足、という指摘は、ドストエフスキーの小説の内容の特徴として、鋭い指摘だと言わざるを得ないでしょう。
ウラジミール‐ナボコフ・筆
「フョードル・ドストエフスキー」より。〔『ロシア文学講義』(小笠原豊樹訳。1992年TBSブリタニカ初版。)に所収。p133。〕
ドストエフスキーの趣味の欠如、フロイト以前のコンプレックスに悩む人物たちの単調な扱い方、人間の尊厳が蒙(こうむ)る悲劇的な災難というものに淫(いん)する(=過度にふける)やり方など――これらすべてはお世辞にも褒(ほ)めるわけにはいかない。この作家の作中人物たちが「罪を重ねてイエスに至る」やり方が、あるいはロシアの作家イワン・ブーニン(→下の注)がもっとも無遠慮(ぶえんりょ)に言ったことばを借りるなら「イエスを垂(た)れ流して歩く」やり方が、私は好きではない。
〔語注〕
・イワン‐ブーニン
ロシア出身の作家・詩人。1870〜1953。革命後、パリに移る。代表作の小説として、『村』『乾いた谷間』『アルーニエフの生涯』など。1933年にロシア初のノーベル文学賞受賞者となる。
★ウラジミール‐ナボコフ
ロシアの名門貴族出身のアメリカの作家・詩人。小説『ロリータ』の作者として知られる。
1899〜1977。
イギリスの文学者や亡命したロシア作家や旧ソビエト時代の文芸学者には、しばしば、ドストエフスキーに対する痛烈な批判や嫌悪を表した文章が見られます。上のナボコフ氏やブーニン氏の発言も、ドストエフスキーの小説の作風に対するそうとう手厳しい言葉になっていますが、ある意味では、鋭い指摘だと認めざるを得ないでしょう。
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