『貧しき人びと』について
北 杜夫の論
私は高校二年のころ、ドストエフスキーをほぼ読み切った。ところが、その後ほとんど読み直していない。というのも、かつておぼろげに受けとめた巨大な作品群を今となって読んだとしたら、昔よりは彼の思想や構成力などが理解できようから、もう自分で小説を書くなどという意欲を失ってしまうかもしれぬと危惧したからである。古い記憶の中で殊(こと)に印象に残っているのは『罪と罰』(私は後半はこれを探偵小説のように読んだ)、『死の家の記録』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』などであった。
それらの体臭があまりに強烈すぎたので、処女作『貧しき人びと』はそれほどの作品とも思っていなかったが、十年ほど前、偶然のことからこれを読み返した。すると、もはや若からぬ私の目からひっきりなしに涙が流れ、かつとめどなく笑わざるを得なかった。これまた、しかも、二十四歳の作品として驚くべき名品と言えよう。世間では、ドストエフスキーは怕(こわ)い(=恐い)作家であると思われている。しかし、この作品に見られる類い稀な抒情、よい意味での感傷、敬愛していたゴーゴリをしのぐとも思われるユーモアはただ事(ただごと)ではない。 ―途中、略― ときに難解で怕(こわ)い(=恐い)小説と思われているドストエフスキーが、実に抒情的でよい意味で感傷的で、しかも思わず笑いださずにはいられない作品から出発したことを忘れてはなるまい。
〔新潮社版全集の発刊記念の際に編まれたパンフ『ドストエフスキー読本』に所収の「『貧しき人びと』の抒情性とユーモア」より。〕
★北 杜夫
きたもりお。作家。1927〜2011。
『地下室の手記』について
清水孝純の論
いわば、ドストエフスキーの、近代人としての自己認識がそこに(=『地下室の手記』主人公の人物像の中に)定着されたといえる。地下室という、魂の暗室ともいうべき深所において紡(つむ)がれた巨大なコンプレックスの塊(かたまり)、それは自閉的な自意識の空間で、そのシニシズム(=物事に対する冷笑的な態度。)を宇宙の創造者にむけて不断に噴出させてやまない。その自意識の肥大においては、神をも毒付(どくづ)きながら、しかし、その自卑(じひ=自分を卑下すること)において自身を地下室の鼠(ねずみ)のごとくみなす、この自閉的な空間においては、主人公の自意識は、その両極を無限に循環するにすぎない。しかし、その循環によって、主人公のたぐり寄せるのは、近代人の一切の問題といっていいかもしれない。いわば神を失った場合の人間の無限の頽落(たいらく。=頽廃し堕落していくこと。)の可能性、コンプレックスの生み出すサディステックな残虐性、と同時に奇妙な自己処罰の要求、かと思えば自己の絶対性の主張もそこに共存する。ドストエフスキーは、いわばレトルト(=フラスコの口を横に倒した形の実験器具)で蒸溜(じょうりゅう)したごとき自意識の問題性をここで抽出(ちゅうしゅつ)したのだ。
しかし、このような自閉的空間に人間はいつまでも存在するわけにはいかない。こうして、いわば絶対を求めての旅立ちが後期の巨大な作品群において開始される。
〔清水孝純著『道化の風景 ― ドストエフスキーを読む』 (九州大学出版会1994年初版。)の「序」より。〕
★清水孝純
しみずたかよし。元・九州大学教授、元・福岡大学教授。
1930〜。
上の文章は、『地下室の手記』の主人公が陥っている状況と動向のことを、近代の人間のそれとして、鋭く洞察していて、感銘深いものがあります。
『罪と罰』について
宇野正美の指摘
私たち日本人の多くは、この小説をラスコーリニコフという一人の青年の心の苦悶(くもん)として読むだろう。が、 ドストエフスキーは、この小説でロシア人とユダヤ人の葛藤(かっとう)を描こうとしたのである。主人公ラスコーリニコフはまちがいなくロシア人である。そして高利貸の老婆はユダヤ人を象徴している。ロシア人の読者には、この高利貸がユダヤ人を意味していることがすぐにわかったはずである。そして娼婦ソーニャは、ロシア文明を支え続けたロシア正教を表わしていると読むことができる。ラスコーリニコフの苦悩は、そのままロシア人がユダヤ人に対して抱え込まされた葛藤の、象徴的な表現なのであった。
〔 『ユダヤで解けるロシア』(三交社1996年初版。)より。p23〜p24。〕
★宇野正美
国際経済ジャーナリスト。
上の指摘は、なかなか興味深い。
『罪と罰』について
中村白葉の論
「罪と罰」は私にとって、初めて本になったなつかしい処女訳です。私が数えて二十五の時でした。その時から今日まで五十四年、その間に私は幾度これを改訳したかしれません。自然、この本に出てくる人物――ラスコーリニコフやソーニャには、私は、親身の人のような親しみを感じています。若気(わかげ)のいたりということもあり、誤った思想的観念におどらされて、殺人という大罪は犯したけれども、根は誠実で優しい心を持っていたラスコーリニコフ。貧しいが故に卑(いや)しい職業に身をおとしながら、心は小児のように純真無垢、ちょうど夏、河原などによく咲いている月見草の、あのはかなげな淡黄色の花のように可憐(かれん)なソーニャ。この聖女の宗教的強さによって、殺人者のかたくなな心もしだいにとけ、遂に心から救われるに至るこの物語は、いつでも襟(えり)を正して読むに堪(た)える傑作です。
〔 ジュニア版世界の文学(全20巻。金の星社1966年初版。現在、絶版中。) の巻1『罪と罰』(中村白葉・伊藤佐喜雄訳。1966年初版。)に掲載の中村白葉・筆 「「罪と罰」と私」より。〕
★中村白葉
ロシア文学者・翻訳家。トルストイの小説の翻訳の大家。1890-1974。
『地下室の手記』『罪と罰』について
グロスマンの論
『地下生活者の手記(=地下室の手記)』はドストエフスキイのもっとも赤裸々(せきらら)な文章の一つである。自分の心の一番奥の秘密を、見せるつもりのなかった心の秘密を、これほどあますところなく、これほどあからさまに開き見せたことは以後一度もない。 (途中、略) 『地下生活者の手記』は『罪と罰』にじかにつながる習作である。この作品はちょうど『罪と罰』が書かれる前に書かれている。アポロン・グリゴーリエフ(注:ドストエフスキーの親友だった批評家・詩人。『地下生活者の手記』が出た1864年に若くして亡くなっている。ドストエフスキー兄弟がその年に発刊した雑誌「世紀」の同人でもあり、「世紀」に掲載されたが批評家の注目を集めなかったドストエフスキーの『地下生活者の手記』の価値を認めた一人でもある。)がこの作品から強い感銘を受けて、まさにこの作品で芸術家ドストエフスキイは自分の手法を発見したのだと認めたのも、怪しむに足りない。「君はこういった種類の作品を書きたまえ。」これが臨終の床にあってこの批評家が自分の親友の長編作家に与えた遺言だった。ドストエフスキイはこの忠告に従った。『罪と罰』はこの1864年の中編小説を深く掘り下げ発展させたもので、主人公個人のドラマに哲学的な問題点を織りこむという同じような方法で通した作品である。 (途中、五行分、略) 多くの基本的な要素から見て『罪と罰』は『地下生活者の手記』の発展であり、それが殺人という悲劇と、そこから生ずる心理的道徳的問題の結合によって複雑化したものにすぎない。ドストエフスキイの以後の長編小説はことごとくこういったふうに、つまりイデオロギー的にかつ悲劇的に構成されることになる。
〔『ドストエフスキー』(1963年初版・1965年改訂版。北垣信行訳。筑摩書房1978年刊。)より。p216、p219〜p220。〕
★グロスマン
ドストエフスキー研究家・文芸評論家・作家。ソビエト時代に、ドリーニン・ネチャーエワらとともに、ドストエフスキーの資料の収集・整理・刊行・ドストエフスキー研究に貢献した。
1888〜1965。
上書『ドストエフスキー』は、ロシア本国のドストエフスキー研究者によって書かれた定評あるドストエフスキーの評伝。
『罪と罰』『悪霊』について
W・シューバルトの論
ヘルダーリンの言葉に、「ただ一人でいること、神々なしにいること、それこそが死である」というのがある。この言葉の秘密をニーチェは予感し、ドストエフスキーは認識した。それゆえドストエフスキーにとって神の否認、超世界的な結合の放棄は最も重い犯罪であり、他のすべての犯罪がそこへと合流してゆく犯罪でさえある。彼のすべての小説は、結局のところ、無信仰の悲劇という唯一の主題を取り扱っただけである。彼は、神からの離反による個人的な悲劇をラスコーリニコフにおいて形象化(けいしょうか)し、その社会的な悲劇を悪霊において形象化する。超人への道の終わりには、悔恨する人か自殺する人が待ち構えている。それが『罪と罰』の意味である。無神論的社会主義への道の終わりには社会の解体かキリスト教への帰還が待ち構えている。それが『悪霊』の意味である。第一の小説において彼はニーチェに反駁(はんばく)し、第二の小説において彼はマルクスに反駁する。彼は一方の人の著作も、他方の人の著作も知らなかった。しかし、この二人を魂の可能性として、精神的なタイプとしては知っていたのであり、しかもこの二人を結びつける内的類縁性――これが最も驚くべきことである――を見通していたのである。 ―以下略― 」
〔『ドストエフスキーとニーチェ』 ( 1939年刊。駒井義昭訳、富士書店1982年初版)の「X 社会主義」の冒頭より。p69。〕
★W・シューバルト
ドイツの哲学者・ドストエフスキー研究家。1897〜?。
「無神論的社会主義への道の終わりには社会の解体かキリスト教への帰還が待ち構えている。」といったあたりなどは、シューバルト氏は、ドストエフスキーの作品をもとに、1939年の時点においてすでにソビエト政権の未来における解体を見事予見していたと言える。
『白痴』について
E・H・カーの論
これ(=小説『白痴』)はドストエフスキーの作品のうちで最も深い悲劇的な作品で、また最も痛ましい作品でさえある。しかし、それにもかかわらず、いや、かえってそのために、これは比類ないまでに健全な、清澄(せいちょう)な作品となっている。『白痴』は、彼の他の傑作小説にはみられない清澄さにつらぬかれているという特徴をもっている。ドストエフスキーのうちに何よりも偉大な思想家をみようとする批評家には、『白痴』はあまり用がない。というのは、哲学的な問題を追求している数少ない個所(かしょ。=箇所)は、この小説であきらかに最も見おとりのする部分となっているからだ。しかし抽象的な思索家としてのドストエフスキーよりも芸術家として、新しい世界の創造主としてのドストエフスキーの方がはるかに優位にあると考える批評家は、他の傑作よりも『白痴』をますます採り上げ、いよいよ愛惜(あいせき)の気持ちを深くしてゆくことだろう。あらゆる時代の偉大な作家の中にあってドストエフスキーに永遠の地位をあたえている特徴は、われわれの古い基準、希望、不安、理想がその意味をうしなって、新しい光の中に変貌してしまう、存在の新たなる次元へとわれわれを引上げる彼の能力である。そして、この特徴は最高度に『白痴』のうちに示されている。 (以下、略)
〔『ドストエフスキー』(1931年刊。筑摩叢書106。松村達雄訳。筑摩書房1968年初版。) より。p196。〕
★E・H・カー
イギリスの政治学者・外交官。
1892〜1982。
『悪霊』について
山路龍天の言葉
『悪霊』という、表題からして恐ろしい、ドストエフスキーの「不安な途轍もない作品」のなかでもとりわけ不安にみちた小説は、スタヴローギンが舞台の前面に踊り出るや、それまでのステパン氏とワルワーラ夫人との牽引確執相半ばするサロン喜劇から、急転直下にほとんどの登場人物の破滅へと突進する。巻末の奈落は死屍累累、自殺・他殺・横死あるいは病死をひっくるめ、十一才の少女と生れたばかりの嬰児を含めて、十一人の名のある屍を数える。有象無象の悪霊たちが跳梁する運命の夜の魔宴は、ボッシュの地獄絵図にも似て、対岸の大火災を背景に荒れ狂った。この不安このうえない雰囲気、この猛烈な墜落の速度に匹敵するのは、ひとりシェークスピアの『マクベス』あるのみの感がふかい。
〔山路龍天・筆「『悪霊』ノート ――スタヴローギンをめぐる図像論的分析の試み」より。
『ドストエフスキーの現在』(江川卓・亀山郁夫共編。JCA出版1985年初版。)に所収。p5。〕
〔語注〕
・「不安な途轍もない作品」=△小林秀雄が用いた表現。
・牽引確執=互いの駆け引きやもめ事。
・死屍累累(るいるい)=死体が数多く重なり合うさま。
・嬰児=赤ん坊。
・屍(しかばね)=死体。
・有象無象(うぞうむぞう)の=この世の有形無形のあらゆる。
・跳梁(ちょうりょう)する=わがもの顔に走り回る。
・ボッシュ(ボッス)=欧州のフランドル(現在のオランダ・ベルギー地方)の画家。1450頃〜1516。自由奔放な想像力で、妖怪や地獄、人間の欠陥を風刺する題材を描いた。代表作として、「聖アントニウスの誘惑」「十字架をになうキリスト」など。
・対岸の大火災=△『悪霊』第3部第2章の3における町の大火のこと。
・ひとり=ただ一つ。
・『マクベス』=シェークスピアの四大悲劇の一つ。
★山路龍天
プルーストなど、フランス文学の研究家。
1940〜。
『悪霊』の雰囲気や後半における内容の一気のすさまじい進行について、語感やイメージ(比喩)やリズムにすぐれた表現を用いた名調子の文章だ。
『悪霊』『未成年』の論
清水孝純の論
『悪霊』という作品において、ドストエフスキーは到り着く所まで到り着いたのである。それは黙示録的作品であり、全篇(=全編)を貫いて流れるのは、毒々しい風刺とシニシズム(=物事に対する冷笑的な態度。)である。これほど、ドストエフスキーが、悪のかたちを、凡(あら)ゆる面から徹底的に描き切った作品はないのであって、そこでは、希望は、最後に、やっと、その曙光(しょこう)を暗澹(あんたん)たる天の一角にのぞかせるに過ぎないのである。いわばここで、仏教的にいえば往相(おうそう。=行く姿。)が極(きわ)まるといえるだろう。一方『未成年』は、それまでの全作品の間題性を、未成年という若々しい魂の鋳型に流し込んで、その過去を、混沌たる情熱の坩堝(るつぼ)の中で、その未来性にむけて点検した作品なのである。それは、真の還相(かんそう。=たち戻っていく姿。)の積極的な肯定に立脚してはいないが、しかし、全体は、『悪霊』の結末にほの見えた曙光の、ほのぼのとした光で照らされている。そこでは、『悪霊』でみられた毒々しさは影を潜(ひそ)めている。風刺は、一般的に、対象に対して、感情移入を遮断したところに成り立つ。従って、『悪霊』における中性的な語り手の設定は、風刺を成立させるのに適したものであったかもしれない。それに反して、『未成年』のような手法自体は、風刺性を持ちにくいのであり、その点でもドストエフスキーの現実への対し方の変化が窺(うかが)われる。
〔清水孝純著『道化の風景―ドストエフスキーを読む』(九州大学出版会1994年初版。)のp192〜p193より。〕
★清水孝純
しみずたかよし。元福岡大学教授。
1930〜。
『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』の論
梅原 猛の論
私はふたたびここでドストエフスキーを思い出す。ドストエフスキーはこのように言った。「長い間、人類は形は違っても神というものを信じてきた。それが宗教であるが、その宗教によって道徳は形成されたのである。しかし現在人間は宗教を信じない。人間が宗教への信仰を失ったとすれば、宗教によって養われてきた道徳も失われるのではないか」 これがドストエフスキーのはなはだ深刻な問いであり、この深刻な問いによって彼は『カラマーゾフの兄弟』という小説を書いた。『カラマーゾフの兄弟』の主人公の一人であるイワン・カラマーゾフは、神を信じず、そして神を信じないとしたら、あらゆることが許される、罪のうちでもっとも重大な罪である親殺しすら許されると考えたのである。この親殺しはイワンの思想に深い影響を受けた下男スメルジャコフによって実行され、イワンの父フョードル・カラマーゾフは殺されるのである。スメルジャコフは、じつはフョードル・カラマーゾフと女乞食の間にできた子どもであり、スメルジャコフは、イワンの思想に基づいて父殺しを実際に行なったのである。この宗教がなくなったとすれば、道徳もまたなくなるのではないかという問いは、じつに深刻な問いである。それは百パーセント肯定されないとしても、人間が宗教心を失うことによって、道徳心もまた失われやすいというのは明らかなことである。近代ヨーロッパにおける最大の哲学者であるイマニュエル・カントはキリスト教の信仰から道徳を解放し、その道徳心に最高の価値を付与しようとした。そして、これが有名な
「汝(なんじ)自身および他人の人格をけっして単に手段としてではなく、同時に目的として取り扱え」というはなはだ厳格な人格主義の道徳となって、結晶するのである。しかしカントのように道徳を宗教の規範から引き離して独立せしめ、それに最高の価値を与えることができるかどうか。これはむずかしい問題である。カントと違って「人間は宗教を失って、一日一日殺人獣になっていく」というのがドストエフスキーの考えである。ドストエフスキーはそこでロシア正教に帰るよりしかたがないと考えるのであるが、はたして近代人が古い宗教に帰ることができるかどうかもまた疑問なのである。
〔『心の危機を救え―日本の教育が教えないもの』(光文社1995年10月刊)のp117〜p118より。〕
★梅原猛
うめはらたけし。日本の古代史研究家・哲学者・劇作家。
若い時期からドストエフスキーの文学に親しんできた人でもある。上の書は、その年に起こった「地下鉄サリン事件」を取り上げつつ、日本の戦後教育の在り方を問うた梅原氏渾身の警世の書。事件がオウム教団幹部らによるものであることが明らかになっていく中で、なぜ彼らが無差別大量殺人未遂行為を行うことになったのかという原因の一連の考察において、梅原氏が言及しているのが、上の記述である。同書のp204〜p206では、同じ趣旨として、「ドストエフスキーは、宗教がなくなったら道徳もなくなるのではないか、という不安を感じて、そういう問題を『悪霊』や『カラマーゾフの兄弟』で問うたのである。」と述べている。また、同年の6月2日付けの朝日新聞朝刊で、「地下鉄サリン事件」や「オウム真理教」の立場を論じつつ、「近代社会は宗教を失うことによって道徳を失い、人間はまさに知的な野獣になったというドストエフスキーの警告は正しい。」と、梅原氏は同じ趣旨を繰り返されている。
『未成年』について
小林秀雄の指摘
この手記(=全体が主人公の手記となっている小説『未成年』)に描かれた出来事はすべて青年の心の中の出来事である。青年の情熱であり、青年の思索であり、青年の観察である。作者は何処(どこ)にも顔を出していない。作者は完全にこの青年を傀儡(かいらい。=操り人形。)として、この早熟な天才的な青年の持っている鋭さ、美しさと共にその頑固、鈍感、醜さを憚(はばか)るところなくさらけ出させている。作者は青年を捕えて瞬時もはなさない。瞬時もこの小説がドルゴルウキイの手記であり、作者或(あるい)は他の誰の手記でもない事を忘れない。これは青年の徹底した客観化である。私は青年の本性というものをこれ程強く深く描いた小説を他に知らない。読者はこの小説の溌剌(はつらつ)とした筆致に魅せられて屡々(しばしば)これが青年の手記である事を忘れる。忘れる時に不自然を感ずる、誇張を感ずる。言うまでもなく誤りは読者の側にある、この小説を理解する鍵はすでに冒頭の短文に明示されていると言った所以(ゆえん)である。青年が己れを語った小説はある、青年を上から観察した小説はある。しかし作者が青年を完全に擒(とりこ)にして、青年の内心に滑り込み、青年をそそのかし一切をさらけ出させた「未成年」の如き小説を私は知らないのである。作者はドルゴルウキイを単に観察しているのではない、青年に乗り移っている。 ―以下、略―
〔 「「未成年」の独創性について」(新訂「小林秀雄秀雄全集」第6巻に所収)のp22〜p23より。〕
※旧仮名遣い・旧表記は、現代表記に改めました。
★小林秀雄
文芸・美術評論家。
『カラマーゾフの兄弟』について
武者小路実篤の指摘
ドストエーフスキイはここで自分が得たものをのこりなく表現した。情熱と愛と信仰とをもって。この本が書ければ人類は救われる。一人のこらず救われる。救って見せる。そう思って書かれたものに違いない。
〔武者小路実篤著『自己を生かすために』(新潮社1918年刊)より。〕
※旧仮名遣い・旧表記は、現代表記に改めました。
★武者小路実篤
作家。トルストイへの心酔でも知られる。
1885〜1976。
『カラマーゾフの兄弟』について
日野啓三の論
『カラマーゾフの兄弟』は難解な作品である。というのも、すべて偉大な作品はかなりの人生体験を経(へ)なければ理解できないという一般に古典についていわれるような事情だけではない。単に個人的な人生体験だけでなく、歴史的な体験をも、この作品は要求するのである。たとえば、私自身もそうだったが、スターリン批判後、スターリンの事業とりわけいわゆるモスクワ粛清(しゅくせい)裁判などについての事情が明らかにされてくるにつれて、大審問官(注:第5編第5「大審問官」に登場する人物)という異様な幻想的人物の姿が、改めて恐ろしい現実性をもって理解されてきた。あるいはまた、ゾシマ長老が死の直前の説教で警告していた物質的繁栄の中での人間の孤独ということつまり「人間はパンのみにより生(い)くる(=生きる)に非(あら)ず」という真理を、われわれは福祉国家的状況が現実のものとなってきたごく最近になって、改めて思い知りつつある。そのように『カラマーゾフの兄弟』という作品は、単に個人の魂の深部だけでなく、歴史と文明の全構造にまでわたって見通すじつに広く遠い視野のうちに成立しているのであって、その点において、すでに完結したナポレオンのモスクワ侵攻という一歴史的事件を過去完了の形で壮大に描きあげたトルストイの『戦争と平和』や、人生の憂愁と陰影を徴妙に描いたチェーホフの諸短編とは異なる『カラマーゾフの兄弟』の独自性があるのである。この作品を読み返しながら、この作品の書かれたのがいまから90年も前の1880年であったということを、ふとわれわれは忘れかける。前世紀の作品というより、まさに同時代の作品と感じられるのだが、もしかすると同時代という実感さえ不適当かもしれない。というのは、われわれの歴史的体験ではまだ完全に理解することのできないもっと深い秘密あるいは遠い予言が、この作品には隠されているかもしれないとさえ考えられるからである。たとえばゾシマ長老の言葉を借りて、ドストエーフスキイはこの書物の中で、人類が科学と生産の急速な進歩の過程で次第に孤独の苦悩に傷つき、その果てに再び人類の真の幸福と意味について深い反省をする時期がくるであろうと確信こめて語っている(注:第6編第2の「(D)神秘的な客」の中のゾシマ長老の言葉。新潮文庫の中巻のp80。その箇所の本文は、こちら。)。すでにわれわれは進歩という神話からはさめかけているが、しかしまだ新しい人類結合の理念、新しい精神のあり方については、漠然たる予感以上のものをもちえていない。もしドストエーフスキイが『カラマーゾフの兄弟』の第二部を書きあげていたならば、より明確な形で、来たるべき文明と精神の方向を打ち出していたかもしれない。しかし現在の『カラマーゾフの兄弟』だけでも、われわれは少なくとも、現在のわれわれの感覚と精神のあり方か決して究極のものでないばかりか、根源を見失った危険な状態にあることを教えられる。もちろんドストエーフスキイが暗示している未来の魂の方向は、古い神々の復活、古い信仰への復帰ということではない。奇蹟(きせき)と神秘に頼る古い信仰にかえれないことは、聖人ゾシマ長老の遺骸(いがい)が人々の期待に反して死臭を放(はな)つという事件(注:第7編第1「腐臭」)によって、ドストエーフスキイは強く示唆(しさ)している。だが、アリョーシャはこの事件の打撃から立ち直り、夜と星々と草花と大地との新しい交感の体験(注:第7編第4「ガリラヤのカナ」。中巻のp187。)とともに、古い僧院から出てゆくのである。われわれもまた進歩と物質的繁栄の神話の死臭から、再び新しい出発をしなければならない。絶望と孤独と、ニヒリズムから逃げ出すのではなく、その重みとともに、その重みに押されながら歩み出さねばならない。既成の目標はない。だが大地を自分の足で確実に踏みしめて行く限り、歩くこと自体が目標をつくりだしてゆくであろう……。それがドストエーフスキイが『カラマーゾフの兄弟』という最後の作品で、死の前年にわれわれに残した遣言であり、予言である。そしてこの予言は、ますますその正しさを証明しつつあるということができよう。
〔河出書房新社1968年刊カラー版世界文学全集第18巻『カラマーゾフの兄弟』の「解説」の末部より。〕
★日野啓三
作家。1929〜2002。
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