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(更新:24/02/15)


[事項]

自由について




「自由」について
(
1〜19)


<「001021日〜00
10
30日」の投稿記事より>

投稿者:

Seigoあさの、
SEXYFM.」、smokyD

※、記事は、ボードの書き込み記事の順と違って、上の方が古い記事です。





「自由」について
(
)

いろいろと
あさの

0010211600

あさのです。どうも。
「戦争と平和」、アンドレイ公爵がバグラチオン公爵と合流していよいよ戦闘が開始されたところまで読み進みました。要するにまだまだ初めのほうです。
軍隊の描写のところなど興味深いところがあります。

--
以下引用--
彼の精神力の全てが最高の成績で司令官の前を行進しようという一点に向けられ、それをりっぱに実行していることを感じながらこの上ない幸福感に満たされているように思われた。
--
以上引用---

なんか「大審問官」を連想してしまったりしました。
あと、サン・テグジュペリの「夜間飛行」の序文でアンドレ・ジッドが
「人間の幸福は自由を放擲することによって得られる」
というような意味のことを書いていたりして、妙に反発心を覚えたりしました。僕が彼の言葉を曲解してしまったのかもしれませんが。。。

人はなぜ自由を愛するのか、と考え込んでしまいました。
もう一度「カラ兄弟」読んでみようかな。

―以下略―




「自由」について
(
)

自由と服従
SEXYFM
001021

あさのさんの自由と服従に就いての書き込みを見て、いくつか思い出した言葉があります。

「創造的な生は、きびしい節制、偉大な徳性、尊厳の意識をかきたてる絶えざる刺激を前提とする。創造的な生はエネルギッシュな生であり、それは人が次の二つの状態のいずれか一方にあるときにだけ可能である。つまり、みずから支配するか、あるいは、だれかが支配し、われわれが完全な支配権を認めている人の支配する世界に住んでいるか、いいかえれば、支配しているか、服従しているか、この二つである。しかし、服従するとは我慢することではなく――我慢するとはいやしくなることである――それとは逆で、支配する人を尊敬し、その人の命に従い、その人と連帯責任を負い、その人の旗の下に熱意をもって加わることである」
(オルテガ『大衆の反逆』)

「戦争は平和である
自由は屈従である
無知は力である」
(オーウェル『一九八四年』)

「ぼくらを解脱させるには、おたがいにおたがいを結びつける一つの目的を認識するようにぼくらに仕向ければ足りるのだから、これは、ぼくらのすべてを結びつける部門に、たずねるのが捷径というものだ。患者を診察する外科医は、その患者の病苦の訴えを聞いているわけではなく、彼はこの患者を通じて、人間を治そうとしているのだ。それによって、同時に分子も星雲も、二つながらとらえうるほとんど神慮に近い方程式を考える場合の物理学者とて、同じことだ。これはまた、貧しい羊飼いについても同じだと言える。なぜかというに、星の下でつつましく数頭の羊の番をしている羊飼いが、もし自分の役割を正しく認識したなら、自分が単なる下僕ではないと気づくはずだから。彼は歩哨なのだ。しかもおのおのの歩哨は、一国の安危をその双肩に担っているはずだ」
(サン=テグジュペリ『人間の土地』)




「自由」について
(
)

自由
あさの
001023

自由についての貴重な発言の紹介、どうもありがとうございます。>SEXYFM.さん

実は『夜間飛行』はジッドの序文で読む気をなくしてほったらかしにしていたのですが、『人間の土地』から引用していただいたテグジュペリの言葉はたいへん印象的であり、テグジュペリを本棚の隅から引っぱり出して読んでみたくなりました。
ジッドの序文について早とちりをしてしまっていたようです。
「人間も世界もある崇高な秩序のもとに存在しており、一人一人の人間がその秩序のもとでの自分の役割を果たすことはすなわちその秩序を守ることであり、崇高な使命なのである」
ということをテグジュペリは言っているのですね。(誤解してないですか?)

「自由の在り方」というのはこのところの僕の大きなテーマで、支配被支配のない孤独の中にのみ自由を見いだすデタッチメントに魅力を感じたりもしたのですが、「なんか元気の出ない生き方だな〜」と思っていたりしてました。

もし秩序の中でしか自由になれない人間が大審問官的秩序の中に欺瞞を見いだしたとしたら、彼は必然的に絶対的存在を信じ、情熱を持って真の秩序を生み出そうとするのではないでしょうか。
「全てが許される」では生きていけないからこそ神は生まれた、と。
もちろんあらゆる秩序は崩壊する運命にあるのでしょうが、その中から立ち上がる姿にこそ人間の尊厳と強さがあるのでしょうか。

--
引用開始--
「われわれの人生は勝ち方ではなく敗れ去り方によってその最終的な価値が定められるのだとヘミングウェイは看破しています」
「フョードル・ドストエフスキーは神を造りだした人間がその神によって裏切られるという凄絶なパラドクスの中に人間存在の尊さを描いたのです」
村上春樹「かえるくん、東京を救う」のかえるくんの言葉より
---
引用終了---

ゾシマ長老の死後、大地を抱擁し、接吻したアリョーシャが
「再び立ち上がった彼は生涯を通して変わらぬ不屈の闘士となっていた」
というのはこういうことなのでしょうか。




「自由」について
(
)

「自由論」序説
Seigo
001024

あさのさん、SEXYFM.さんなどが今回取り上げている、

自由(自由と服従)

というテーマは、
ドストエフスキーの思想の根底にある大きなテーマであることもあって、私Seigoも、あさのさんと同じく、昔から、すこぶる・すこぶる、興味関心があり、生きていく上での切実な問題としても、自分なりにいろいろ考えてきたので、「自由」ということについては、皆さんから、さらに、いろいろ、考えや意見をぜひ聞かせてもらいたいです。

「自由」について、私の方から、まず、私が考えている観点を述べてみると、

私は、「自由」を、

a.
条件(前提)としての「自由」
(
=何かをやっていく際の、外的環境、外的条件としての自由。大なり小なり、いろんなことがゆるされていて、外からの制約や拘束(束縛)がなく、自分でいろんなことができ、選択できる「外的自由」「選択の自由」。「〜からの自由」「〜への自由」という二つの観点も考えられる。)

b.
結果としての「自由」
(
=何かをやっている際に、自己の内に感じている「内的自由(内なる自由感)」。)

の二つに分類して考えてみてはどうか、と思っています。

そして、問題は何かと言うと、
aであればb」とは、必ずしも限らない、
ということじゃないかと思います。

つまり、

A.
個人における(過度の)a」は、個人や社会に「b」をもたらさないことがある。
(
社会における過度の「a」は、逆に社会や個人に「非a」を招来してしまう?)

B.
個人や人々は、「非a」によって「b」を感じること(ケース)もある。

ということであり、
そこに、aとしての「自由」のパラドクスや、人間というものの特性、というのがあるのでしょう。
(
以上は、ドストエフスキーが考えていたことでもあるわけですけどね。ドストエフスキーの『悪霊』のシガリョフが述べた命題である「無限の自由は無限の専制でもって終わる」は、Aのことを言ったものでしょう。
→ ドストエフスキーの自由についての言葉)

上で、あさのさんやSEXYFM.さんが、引用して挙げている言葉などは、上のBのケースではないでしょうかね。

私は以前から「自由」について述べた古今東西の人の言葉を集めているので、意味の難しいものもありますが、以下にいくつか挙げてみます。
(
上のabのどちらの自由について言っているのか考えてみたらいいと思います。)

自由とは、必然性の洞察である。(エンゲルス)
・真理はあなたに
自由を得させるであろう。(「聖書」より)
・我々に
自由を得させるものが真理なのである。(椎名麟三)
・人間における
自由とは、彼自身の内部に含まれた必然性にほかならない。(ドルバック)
・自分自身を支配できない者は
自由でない。(クラウディウス)
・人間が
自由でありうるためには、神があってはならない。(シェリング)
・人はただ信仰によってのみ
自由とされるのであって、いかなる意味においても行為の正しさによって自由を得るのではない。(ルター)
・真の
自由を求めようとするならば、心中の奴隷を除去することから手がけなければならない。(梁啓超)
・真の意味における
自由とは、全体のなかにあって、適切な位置を占める能力のことである。(福田恆存)
・人はあらゆる
自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。(坂口安吾)
・私は孤独で
自由だ。だが、自由はどこかしら死に似ている。(サルトル)




「自由」について
(
)

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
SEXYFM
001024

サン=テグジュペリは、自由と服従の問題が最も先鋭化したファシズムの時代に、ナチス・ドイツとの戦いに身を投じ、その最前線で還らぬ人となった行動派の作家です。地上での生活では無能なセールスマンに過ぎなかったこの没落貴族の息子は、当時漸く実用化されたばかりの航空機のパイロットとして地球の引力を振り切り雲上の光景を見た時、天職を知り、詩人となりました。

「航空のことなんか言っているのではない。飛行機は目的ではなく、手段にしかすぎない。人が命をかけるのは飛行機のためではない。農夫が耕すのは、けっして彼の鋤のためではないと同じように。ただ飛行機によって、人は都会とその会計係からのがれて、農夫の真実を見いだす」
(『人間の土地』)

サン=テグジュペリが飛行士になった当時、いまだ航空技術は未発達で、彼の従事した航路開拓の仕事は、遭難の絶えない命懸けの仕事だったといいます。時代のフロンティアにあって、彼の見た世界の姿、そこで出会った自然の猛威に立ち向かう人々、砂漠で遭難した時の極限体験……。『人間の土地』には、小説とも随筆とも評論とも言えず、またその全てであるような独自の形式によって、彼の飛行家時代の体験が結晶されています。これは形式的にも内容的にも、本当に無比の本だと思います。僕の貧しい読書体験の中で、まだ少しでも似たような本を読んだことがありません。新潮文庫の背表紙の内容紹介に「現代人に生活と行動の指針を与える世紀の名著」と書かれてありますが、全編書き写したくなるような黄金の言葉に満たされている『人間の土地』に関しては、この売り文句に嘘偽りなし!と保証します。

「たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、なぜかというに、生命に意味を与るものは、また死にも意味を与るはずだから」
(『人間の土地』)

自由と服従に関しても、また多く示唆的なことが書かれている本だと思うので、未読の方は、機会があったら読んでみるといかがでしょう。

ちなみに、かのハイデガーは晩年『星の王子さま』を愛読していたということです。




「自由」について
(
)

はじめまして!突然失礼します!〜自由に関して〜
smoky
001025

こんにちは、はじめまして。smoky(32歳・男)と申します。
いつも皆さんの書き込みを楽しく拝見しております。

文学と出逢ったのが最近のことで、今のところ日本の現代文学を少し読んだ事があるだけですが、最近、とある偶然と必然から(どちらも同じ事ですね)ドストエフスキーの「カラ兄弟」を読み始めました。この掲示板に書くのは少し気が引けるのですが好きな作家は村上龍です。

「カラ兄弟」は、私が親鸞浄土教に興味があることもあって、示唆に富んでおり数ページ読み進めては数日考えさせられる、ということの繰り返しです。
今ようやく第五遍「プロとコントラ」に突入しました。
書き込みは「カラ兄弟」読了後にさせていただこうと思っていましたが、いま皆さんが展開されている「自由(自由と服従)」に関わる意見交換を拝見してたまらず飛び出してしまった次第です。大フライングで失礼します。

このテーマは私にとっても常日頃から考えている(考えさせられている)最重要事項です。

「人間は(私も含めて)自由など求めているのだろうか。いや、多くの人はそんなものなど求めていないのではないだろうか。真実など本当は求めていないように。そもそも自由とはなんだろう。抑圧あるいは限定のないところに自由など存在しうるのだろうか。少なくともこの相対的現実世界において。」

ありきたりですが、これが、彷徨い続けている僕の今現在の考えです。
「大審問官」読了後、何らかの変化が自分に訪れることを期待しています。
Seigo
さんが提案されたab)二つの分類とその関連性は明確だと思いましたしそれを巡って交わされる皆さんのさらなる情報交換を楽しみにしています。

このテーマに関して僕がもっているささやかな情報(言葉)を提供したいのですが、それは文学に因るものではなく、最近見た映画のワンシーンの台詞です。
文学以外の話題を絡めても構いませんよね?>Seigoさん

これはこの夏にレンタルビデオ店に並んだ「海の上のピアニスト」という映画です。
これから見ようとされている方はネタばれになりますのでご注意ください。

この映画は、大型客船の船内で生み捨てられ、船専属の楽団の一員として一生を船上で過ごす天才ピアニストの物語です。
ある時、このピアニストは今までの限られた船上生活に終止符を打ち、ニューヨークに降り立とうと決心しタラップを下りながらも、目の前に映った大都会を前に、その途中で思い直し船に引き返します。
以下は、数年後にその時の心情を独白気味に語った言葉です。

〈文中の行間の空白は、台詞が語られるときの“間(ま)”を表しています〉

==〈引用開始〉==

問題は目に映ったものではなく
映らなかったものだ。
分かるか?
あの巨大な都会。
すべてがあったが、その終わりは?
終わりはどこに?
すべてのものの行き着く先が見えなかった。
世界の終わりが。

ピアノは違う。
鍵盤は端から始まり、端で終わる。
鍵盤の数は88と決まっている。
無限ではない。
弾く人間が無限なのだ。
人間の奏でる音楽が無限。
そこがいい。
納得がいく。

あのタラップで目の前に広がったのは
際限なく続く何千万、何億という鍵盤だった。
無限に続く鍵盤。

無限の鍵盤で人間が弾ける音楽はない。

ピアノが違う。
神のピアノだ。

==〈引用終了〉==

幸福と自由と限定、この三者はどのような図式を形成しているのでしょうか。

そういえば幸福と限定については、少し前にこの掲示板で話題になっていた村上春樹の「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」においても「カラ兄弟」を引用して語られていましたね。

また書き込みさせていただきます。
「カラ兄弟」読了はまだまだ先になりそうですが、これからもどうぞよろしくお願いします。




「自由」について
(
)

自由に関する偉人たちの発言について
あさの
001026

あさのです、こんばんは。
Seigoさんの挙げてくれた自由に関する偉人たちの言葉について考えてみました。

a.条件(前提)としての「自由」
b.結果としての「自由」

>・真理はあなたに自由を得させるであろう。(「聖書」より)
>・我々に自由を得させるものが真理なのである。(椎名麟三)

ここで言われている真理とは僕が先のメールで「秩序」と表現していた概念と近いような気がします。
真理があり、秩序があり、神が存在する時、自由はbの自由であるように思います。
あさのさんが挙げてくれた「戦争と平和」のピエールの言葉に通じるものがありますね。

「神があり、来世があるなら、真理があり、善徳があるわけです。人間の幸福はそれらのものの達成を目指して努力するところにあるのです」

b
の自由は「幸福」と互換可能な概念かもしれません。

>・自分自身を支配できない者は自由でない。(クラウディウス)

何が支配する主体であるべきなのかという点が最も重要であると僕は考えています。

>・人はあらゆる自由を許されたとき、自らの不可解な限定とその不自由さに気づくであろう。
(
坂口安吾)
>・私は孤独で自由だ。だが、自由はどこかしら死に似ている。(サルトル)

人間はaの手段によっては
完全な自由を得ることはできない、ということなのでしょうか。




「自由」について
(
)

自由の追求の一過程としてのデタッチメント
あさの
001026

立て続けに失礼します。
先のメールでデタッチメントのことを「支配被支配の関係から逃れる孤独の中の自由」としか書かなかったことに後悔の念がわいたので、ちょっとここで追加させてください。
デタッチメントに関するいくつかの村上春樹氏の発言を拾ってみると、氏がデタッチメントに積極的な意義を見いだしていたことがうかがえます。

---
引用開始----
(他人に流されない生き方をするにはどうすれば良いのか、と聞かれて)この世界で自分が何を最も強く求めているのか、それを知ることです。
「村上朝日堂HP」
僕が最初にデタッチメント的なものに惹かれたのは、外部的な価値を次々と取り払っていくことで自分の立っている位置を明らかにしていこうというつもりがあったのだと思います。「村上春樹、河合隼男に会いに行く」
---
引用終了----

社会という外的秩序に囚われることなく、「自分が
本当に求めているもの」の追求の過程としてデタッチメントを捉えていた氏の姿勢が示されています。
これは真の自由の追求の過程とも言うことができると思います。
この内面追求の過程を氏は「井戸掘り」と呼んでいると僕は認識しています。
「井戸掘り」の結果、氏はおそらく自分の求めているものを「壁抜け」という極限のコミットメントに見いだしたようです。

--
引用開始---
これまでのように「さあ、みんなで手をつなごう」というのではなく、井戸を掘って掘っていくとそこで越えられるはずのない壁を越えてつながる、そういうコミットの在り方に僕は非常に惹かれたのです。
「村上春樹、河合隼男に会いに行く」
---
引用終了----

つまり、デタッチメントからコミットメントへの転換は方向転換ではなく、デタッチメント的な内面追求の結果行き着いた境地がコミットメントであった、と僕は考えています。
この「井戸掘り」「壁抜け」の過程が初めて書かれた作品が「ねじまき鳥クロニクル」だと僕は思ってます。

―以下略―




「自由」について
(
)

「自由」についての議論、さらに一歩前へ
Seigo
001026

「自由」をめぐって浅からぬ問題意識や考えを持っているsmokyさん・あさのさん・SEXYFM.さん、
「自由」ということに対する見方・観点など、
(
>そもそも自由とはなんだろう。
というsmokyさんの問いかけなど、ほんとに、同感です。
これまで「自由」と言われてきたもの、また、「真の自由」、の正確な定義付け―これがまず難しいのであり、慎重を要するようです。
上で私が挙げてみたabという分類などは、いまだ不十分な分類に過ぎないので、独自の観点があれば、各自の観点を挙げて、論をすすめてみて下さい。
私のb「結果としての自由」という言い方など、もっと別の正確な名称の方がいいように思うので、(bは、あさのさんが言うように、「自由」というよりも、幸福感、あるいは、安心感、と称した方が適切なのかもしれません。) もっと的確な名称があれば、教えて下さいね。
お互い、「自由」についての理解や認識をさらに深めていくためにも、さらに、いろいろ聞かせてもらえれば、うれしいです。

>あさのさん
>・真理はあなたに自由を得させるであろう。(「聖書」より)
>・我々に自由を得させるものが真理なのである。(椎名麟三)
>ここで言われている真理とは僕が先のメールで「秩序」と表現していた概念と近いような気がします。
>真理があり、秩序があり、神が存在する時、自由はbの自由であるように思います。
の中の「神」とは、何でしょう?
「自由」は、「神」というものと切り離せないと私も思っているので、あさのさんの言う「神」とは何なのか、こんど、聞かせてね。>あさのさん
(
たとえば、上で私が挙げたシェリング(ドイツの哲学者)の、
>人間が自由でありうるためには、神があってはならない。
といった考えなど、どう思いますかね。>あさのさん
このあたりのことは、
古来論争になっている、「自由」と「必然」という難問に関わってきますね。)

smoky
さんが『カラ兄弟』を読み始めたとは、すばらしいです。
『カラ兄弟』の中の「大審問官の章」は、smokyさんが言う通り、
読者に「自由」についての思索を強く促します。

―以下略―




「自由」について
(
10)

君は気づいていないかも知れないけど、君が微笑めばそこが天国
SEXYFM
001027

Syogakukan Books helfによると自由の語義は以下のようになっております。

1(形動)自分の心のままに行動できる状態。思うまま。
「子どもの自由にさせる」
*長門本平家‐一「自由に任せて延暦寺の額を興福寺の上に打せぬるこそ安からね」
2ある物を必要とする欲求。需要。
*浮・日本永代蔵‐四「是は小紅屋といふ人大分仕込して世の自由をたしぬ」
3便所。はばかり。
4(英libertyfreedomの訳語)哲学で、政治的自由と精神的自由。一般にlibertyは政治的自由をさし、freedomは主に精神的自由をさすが、後者が政治的自由をさすこともある。「言論(信教)の自由」
5人が行為をすることのできる範囲。法律の範囲内での随意の行為。これによって完全な権利、義務を有することになる。

3の自由=便所、はばかりってのがいいですね。人間的自由の本質は便所の中に存する?
たしかにあそこは、条件としての自由と、結果としての自由をともに満たせる、何とも言えなく、ほっとする場所ではあります。




「自由」について
(
11)

自由を規定する至高の秩序を生み出した神
あさの
001027

あさのです、こんばんは。
僕は無宗教な人間なので秩序とか摂理という概念のほうが神という概念よりも捉えやすいのですが、神に対する僕の稚拙な意見を述べさせていただけるなら、やはり神の定義としては「善徳、真理といった世界における根元的な秩序を造り上げた、万物を支配する唯一にして絶対の主体」というような表現ができるかと思います。
あるいはこうした
根元的秩序そのものを神と考えてもいいかもしれません。

文学においてはこうした秩序は「光」と表現されていることが少なくないように思われます。
「深い深い井戸の底から光を見上げているような絶望と救いの絶え間ない交換」村上春樹もっとも大審問官的秩序に対しても光という言葉が使われることもあるようですが。

「昼の光に夜の闇の深さが分かるものか」
ニーチェの言葉らしいですが、「風の歌を聴け」より

社会の大審問官的秩序を無条件に受け入れることのできない
不器用で強い人間にとっては井戸の底の闇において見いだされる光こそ本物の光であると信じて闇に勇敢に突進していくことが、生きる道の全てであるということは言えると思います。ただ、少なくとも他人に闇の中で生きることを強いることはできないとは思います。

「我々はあらゆる深遠な真実のうち、世の幸福に役立つものしか口にしてはならない。残りは胸の内にしまっておくべきである。そうすればあなたの持っている真実はあたかも雲の切れ間から陽光が射し込むように人々の行く手を優しく照らすであろう。」
(
ゲーテの言葉らしいですが、「ジャン・クリストフ」より)

>人間が自由でありうるためには、神があってはならない。(シェリング)

この発言については2通りの解釈ができるかと僕は思います。
(1)この自由をaの自由と捉え、神を束縛と考える無神論的発言ととるか、
(2)「神は存在する」という前提のもとでの逆説的発言ととれば、
「神は存在するのだから完全な自由は存在せず、善徳や真理といった神の造り上げた崇高な秩序の範囲内でのみ人間は自由なのである」
というような意味にとるか、どちらかになると思います。

自由には便所という意味があったのですか。確かにあの場所では種々の自由を感じますね。




「自由」について
(
12)

「反逆の章」と赦し
smoky
001027

こんにちは、smokyです。みなさんレスありがとうございます。
皆さんの自由論に触発されて「カラ兄弟」ついに「大審問官の章」まで読み終えました。
その直前の「反逆の章」に書かれていたことは、私が以前から考え続けていたことに近いものがありましたので、イワン(ドストエフスキー)に強く共感しました。この真実に目を向けると、

「神」はなぜこれほどの罪を犯す私を赦すのか。
(主語を置き換えて)
なぜこれほどの罪を犯しながらも私は生きなければならないのか。
「生きる」ということの意味と目的とは一体何であろうか。

という根元的な問題が立ち上がります。
この難題に目を向けさせるために「大審問官の章」があったのかなとも思いますし、これは皆さんがいま論じておられる「自由論」とも密接に関わる命題ですね。
「大審問官の章」を読んだばかりでショックが大きく、考えがまとまりませんので自由論などについてはまた後日書き込みさせていただきます。
>大審問官の考えは、ある意味で、親鸞聖人の信者に向けての阿弥陀信仰の考えに似ているという論はとても興味深いですね。




「自由」について
(
13)

あらためての、「自由」についての思索、への船出?
Seigo
001028

上でSEXYFM.さんが挙げてくれたSyogakukan Books helf
(
Syogakukan Books helf」という名の本なんて、私には初耳ですが、
はて、どういった辞典なのでしょう?>SEXYFM.さん)
における語義については、
まず、「自由」に、2、3などの語義があるとは、私には初耳であり、少々驚きました。
(
古代中国では「自由」という漢語はすでに用いられていたと私は聞いていて、日本では明治に入ってから外国語の訳語として「自由」という語がやっと用いられ始めたと私は認識していたのですが、江戸期の元禄期に「需要」という意味で「自由」という語が用いられていたとは!
日本の明治期より以前の「自由」という語の使用と語義については、うかつにも、私はこれまで調べていませんでした。
そうですね、「自由」について徹底的に考えてみようとするなら、まず、日本のいろんな国語辞典から始めて、古語辞典・漢和辞典、さらに、哲学事典・心理学事典・社会学事典・法学事典など、さらには、各国における「自由」の語義・用法など、いろんな辞典や外国語で、「自由」の語義や種類・用法などを調べてみる作業を行う必要があるようですね。
3の「便所。はばかり。」という語義の使用も、明治より前の時代の日本の用法なのでしょうか?
英語における「libertyfreedom」という使い分けは注目すべきなのですが、
上の4における、「liberty=政治的自由」の意味はわかるとして、
freedom=精神的自由」の、
「精神的自由」とは、正確にはどういう意味で受け取ればいいのでしょう?

・モンテスキューの言(げん)
「自由とは、法の許す限りにおいて、すべてのことをなす権利である。」
・カントの言
「自由とは、すべての特権を有効に発揮させる特権である。」

などは、
5の、近代の法学・道徳学を確立した学者による、社会における「自由」の厳密な定義と言えるのでしょう。
1は、しばしば「自由」とはき違えられるものとしての、責任の自覚のない「勝手気まま、放縦、わがまま」の意味でしょうね。
(
バーナード-ショーの言「自由は責任を意味する。だからこそ、たいていの人間は自由を怖れる。」
カントの言「互いに自由を妨げない範囲で、わが自由を拡張すること、これが自由の法則である。」
福沢諭吉の言「自由と我儘(わがまま)との界(さかい)は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。」)

今回、あらためてこの書き込みボードで始まった、「自由」をめぐっての自他の意見や情報の書き込みは、今後、ページ内に別に一ページを設けて、そこに順次ペーストして、ストックしていき、いつでも閲覧できるようにしたいと思います。
(
ページ内に別の書き込みボードを一つ設けて「自由」をめぐっての自他の意見や情報の交換を行うという方向も先日から考えましたが、しばらくは、このボードで、他の話題と一緒にやっていこうと思います。)
「自由」をめぐっての意見や情報の交換は、今後もコツコツと末永くやっていって、
(
Seigoとしては、ドストエフスキーのこととの関連からも、ずっとついてまわる対象です。)
私たちはこれを「ライフワーク」にするというのも、いいかもしれません。
(
私は、以前から、本の題に「自由」という語を含む「自由」について論じている本を集めているのですが、今のところ、わが書棚に、哲学者・思想家の手になるものを中心に、古書を中心に、二十数冊あります。それらの本も、今度いつか、私の方から、このボードかページ内に、書名・著者名・出版社名・刊行年・本の概略などを紹介してみますね。)

私の見聞の範囲内に過ぎませんが、
「自由」について特に取り上げて徹底的に論じた本格的な本や論文は、はっきり言って、古今東西、いまだないのではないですかね。
「自由」は、まさに、近現代的なテーマですが、「自由」については、一度、強烈な問題意識と力量と多くの時間を持つプロの哲学者(できれば、共同研究や、ある分野の学会をあげての研究がいいですね。)が、あらゆる角度から徹底的に論究して、ある程度の、誰もが認めうる解明結果や結論を出してもらえたらなあと、私は、以前から、思っているのですけどね。)
「自由」というテーマについて、よければ、ゆっくり、小出(こだ)しに、末永く、お付き合い下さいね。>あさのさん、smokyさん、SEXYFM.さん、そのほかの人。
(
『カラ兄弟』の「大審問官の章」については、ドストエフスキーに関する話題として、あちらの「意見・情報」交換ボードに書き込んでもらえれば、と思いますが、「自由」に関する内容になるようなので、今は、このボードに書き込んでもかまいません。>『カラ兄弟』の読書で「大審問官の章」を通過したsmokyさん。

―以下略―




「自由」について
(
14)

「自由」について

001028

はじめまして。このWebPage、少し前に検索エンジンで見つけて以来興味深く拝見しています。

僕は10代の後半に『罪と罰』などのドフトエフスキーの長編小説を読みました。
でも、皆さんのように深く考えたりすることもなく、感激したり涙を流したりと‥‥
迂闊なことに全く通俗的な読み方をしてしまったように思います。
一番印象に残っているのは、『カラマーゾフの兄弟』のラストのシーンです。今思い出しても涙がでてきます。どうも僕は悪い意味で感覚的な人間で‥‥‥‥僕の手にかかると『カラマーゾフの兄弟』も『風と共に去りぬ』のような、よくしてもヴィスコンティーの
『山猫』のようなメロドラマに変わってしまうようです‥‥(^^;)
『大審問官』の章も、ただ単にこの人(ドフトエフスキー)は、カトリック的な組織が嫌いなんだな、ロシア正教の方が良いと言ってるんだな、神の存在、人の神秘的な実体を悩みながらも信じているんだな、などと勝手に納得しながら、引っかかることなく読み通してしまいました
‥‥。

今でも『カラマーゾフ‥‥』は大好きで、手元にいつも置いています。落ち込んだときなど、他のいくつかの本と一緒に時々断片的に読んだりしているのですが、このページを見てもう一度、初めから読み返してみようと思っています。

  
      

『自由』ということがここのところテーマになっているようですが、言葉は、おそらく独立して存在するものではなく、前後の関連性の中で常に変化していくもの、新しく生まれていくものじゃないかと僕は考えています。

漠然としたイメージの中に様々な言葉が存在し、その混沌の中から言葉を取り出して構成して、人は思考したり語り合ったりする。
恋人と別れ話をするときに『僕は君から逃げたい』『僕は君と別れたい』『僕は君から自由になりたい』これは意味が通じますが、マルクスの話をしているときに、『僕はそれでも共産主義より逃走主義が良いと思う』とか『別離主義がよい』といっても、意味は少なくとも一般的には全く通じません。
もちろん、『自由』という単語の語源などを探るということも大切だとは思うのです。けれどおそらくより大切なのはその時その状況、あるいはある主題の中での『自由』とは何か、ということだと思います。
何に対しての、またはどういう主題においての『自由』なのか、ということをはっきりさせないと、対話や論議、思考は言語学的な興味とクロスして、漫然と空転してしまいます。

もっとも、言葉になにか『言霊』のような神秘的な実体があると仮定するなら、話は別ですけれど‥‥。

それにしても『自由』が『便所』とは‥‥‥‥!たしかに、我慢に我慢を重ねてトイレに行ったときは、とても爽やかに自由になれたと感じますけど(^^;)




「自由」について
(
15)

「自由」について

001028

すいません「恋人と別れ話をするときに‥‥全く通じません。」というのは、自由=逃走・別離ということになってしまうので、例として誤りでした。




「自由」について
(
16)

自由?それは学校の言葉だ(Bob Dylan
MYBACKPAGES』)
SEXYFM
001029

ShogakukanBookshlfSyogakukanは誤りでした)とは、Windows搭載のパソコンを買うとMicrosoftOfficeの附属品としてついてくる電子辞書です。
内容は、

国語大辞典(新装版)(C)小学館1988.
プログレッシブ英和中辞典(C)小学館1987.
プログレッシブ和英中辞典(C)小学館1993.

をCD-ROM一枚に収めたもので、ちょっと調べ物をしたい時に重宝なソフトです。

「便所」という意味で自由という言葉がいつ頃使われていたのかは、いまのところちょっと分かりませんが、今度調べてみようと思います。案外新しかったりして……。『便所の歴史』なんて本、ないかなぁ。路上観察学会あたりに問い合わせると、分かるかも。
「政治的自由」と「精神的自由」の違いを、大審問官風に言い換えると、「地上のパン」と「天上のパン」になるのではないかと思います。勿論、
「政治的自由」=「地上のパン」、
「精神的自由」=「天上のパン」ですね。
キリスト風に言うと、「政治的自由」はカイザルのもので、「精神的自由」は神のもの、となるでしょうか。
自由論の古典としてはJ.S.ミルのそのものずばり『自由論』という誉高い名著がありますが、あれは「自由」について徹底して論じた内容ではないのですか?僕はまだ読んでいませんが、これを機会に読んでみようかと思います。
他にも『人間的自由の本質』(シェリング)、『近代国家における自由』(ラスキ)、『キリスト者の自由』(ルター)、『言論の自由』(ミルトン)、『自由からの逃走』(フロム)、『自由』(クランストン)等、以前、自由とは何ぞや、と一瞬思い悩んでいた頃の名残りとして、僕の書棚にも幾つか「自由」を主題にした本があるのですが、ほとんど読んでません。大学卒業の頃になり、自由に就いてナルシスティックに思い悩むという、典型的モラトリアム青年
ぶりを発揮して、いい年齢して尾崎豊にシンパシーを覚える赤面ものの時代でした。そんな程度だったので、買うだけ買ってほったらかしにしていたのですが、いまは青年の逃避としての自由への青い憧れではなく、もう少し落着いた、批判的な気持ちも持って自由に就いて考えられるようになったので、いい機会ですから、ぼちぼち読んでみようかと思います(あの頃は、自分を肯定してくれるような言葉しか受付けることが出来なかった)。

ちなみに、ロシア語の「自由」(Volja)は「意志」も意味するそうです。また、かつて最大の瞬発力で自由を謳い上げた詩人といえばシラーだと思いますが、ドイツ語の「自由」(Freiheit)は、「特権」も意味する語だそうです。




「自由」について
(
17)

freedom」とアメリカ合衆国
smoky
001029

みなさんどうも、smokyです。

皆さんの自由についてのさまざまな書き込みと、その中でも特に
Seigo
さんが001028日に書いてくれた「あらためての、「自由」についての思索、への船出?」を受けて書き込みます。

freedom」と「liberty」という英単語による比較は面白いですね。
freedom」という言葉で私がまず頭に浮かぶのがアメリカ合衆国です。
この言葉は合衆国の永遠のスローガンといっても良いくらいですよね。
自由について論じられている書として僕が挙げたいのは片岡義男の「日本語の外側へ」(筑摩書房’97・5・25初版発行)です。
(「〜へ」というのがいかにも自由を感じさせます)

片岡義男と言うと女性や子供向けというイメージがあるのですが
この書は彼がほぼ5年の歳月を掛けて「アメリカとは何か、英語とは何か、日本語とは何か、日本とは何か」という壮大なテーマを600ページ以上に渡って論じた大著でかなり厳密にしかも分かりやすく論じられていると思います。
はっきり言って、4200円という値段は決して高くないと思います。

この書の中で湾岸戦争の時のブッシュ大統領の言葉が引用されていてこの文脈上では「freedom」は「way of life」(生活様式)と同義語のようですしこの書の考察上でも、両者は同義語だとしています。

(p24より引用)
==〈引用開始〉==
Our job our way of life our own freedom and the freedom of friendly countries around the world would all suffer if control of world crude oil reservefell into the hand of that oneman Saddam Hussein.
(世界の原油の供給が、サダム・フセインというひとりの男の手に落ちたなら、私たちの雇用、私達の生活様式、私たちのフリーダム、そして世界の友好国のフリーダムが、被害を受けることになります。)
==〈引用終了〉==

この書の中で片岡義男は、この言葉はあからさまに過ぎる故に真意が透けて見え大統領が使う言葉としては品位に書けると思う、と批判しています。
この大統領は「徹底的にやるぜ」と言っていると。
合衆国では「freedomwayoflife」が侵されることは戦争に直結しているんですね。
つぎにこの書の中に引用してある、海兵隊員になると支給される「エッセンシャル・サブジェクツ」というマニュアルの中の一文も引用します。

(p27より引用)
==〈引用開始〉==
I am an American fighting man .Iservein the forces which guard my country and our way of life.
I am prepared to give my life in the irdefence.
自分はアメリカの兵士であります。自分の国および生活様式を守る軍隊に自分は身を置き、挺身するものであります。国および生活様式を守るにあたり、自分は生命を捧げる用意を持つものであります。
==〈引用終了〉==

アメリカ人にとってfreedomとは、命に代えても守らなければならないものなのですね。
そしてここでのfreedomとは、Seigoさんが上に書いてくれた
「自由論」序説(0010240114分)における分類に当てはめると
a.
条件(前提)としての「自由」
に相当するばかりではなく、
上でSEXYFM.さんが論じてくれたように、(少なくともアメリカ人にとっては)「精神的自由」=「天上のパン」としての要素も確かにあるようですね。

しかし、この合衆国の「freedom」はSeigoさんが挙げてくれた
>モンテスキューの言(げん)「自由とは、法の許す限りにおいて、すべてのことをなす権利である。」
>カントの言「自由とは、すべての特権を有効に発揮させる特権である。」
という定義を、自己の都合の良いように解釈しているようにも思えてなりません。
それをあえて隠してもいないところが、またアメリカ的ですが。

それから、これは私の蔵書のどこに書いてあるかを忘れてしまったのですが合衆国のある有名大学の「freedom論」についての講義は、「どんな人間であっても、満員の映画館で『火事だ!』と嘘をつく自由はない」という、自由の制限から始まるという記述がありました。
これは同じくSeigoさんが挙げてくれた
>バーナード-ショーの言「自由は責任を意味する。だからこそ、たいていの人間は自由を怖れる。」
>カントの言「互いに自由を妨げない範囲で、わが自由を拡張すること、これが自由の法則である。」
>福沢諭吉の言「自由と我儘(わがまま)との界(さかい)は、他人の妨げをなすとなさざるとの間にあり。」
ということに近いですね。
何れにしても、自由に対する定義とその援用にあたっては、合衆国は、あらゆる意味で我が国より進んでいるようですね。

ああ、それからSEXYFM.さんが引用してくれた「ShogakukanBookshlf」における「自由」の語義の3番目、「便所。はばかり」についてですがアウシュビッツの便所は、看守からよく見えるように、壁がないばかりか床から一段高いところに穴だけがずらっと並んでいたようですね。
たくさんの人間が監視の中で並んで用を足す。
想像してみると、その苦痛は計りしれませんね。
便所という、プライベートな時間と空間がこのような屈辱の中にあるというのはもっとも「非自由」的なのかもしれません。




「自由」について
(
18)

ミルの『自由論』実存主義(実存)について
Seigo
001030

>「SEXYFM001029日」
>自由論の古典としてはJ.S.ミルのそのものずばり『自由論』という誉高い名著があり
>ますが、あれは「自由」について徹底して論じた内容ではないのですか?

SEXYF
M.さんの、古今の文学・思想の本に関する読書・知識の広さには、いつも、感心してます。

ミルの『自由論』は、人々が持つべき近代における社会的自由について啓蒙的に論じた本として、価値ある名著だとは思いますが、自由主義者の著者が社会的自由を擁護した自由論として、その自由観は良識的・楽観的であり、実存主義者たちが述べたような、「自由」自体の内にある深淵(実存性)や深刻な様々な問題性についての意識(注目)や論究に欠けているのであり、現代においては、そういった面への論究が欠けている「自由論」は、私たちの自由についての問題意識全体を満足させるものではないと私は思っています。
(
ミルの『自由論』が出た時期(1859)は、キェルケゴールが『不安の概念』『死に至る病』を、ドストエフスキーが人間の実存について触れた『地下室の手記』を書いた時期とほぼ同じです。)





「自由」について
(
19)

「神のない自由」と「神のある自由」
Seigo
001030

>「あさの001027日」
>やはり神の定義としては
>「善徳、真理といった世界における根元的な秩序を造り上げた、万物を支配する唯一にして絶対の主体」
>というような表現ができるかと思います。
>あるいはこうした根元的秩序そのものを神と考えてもいいかもしれません。

あさのさんの上の「神」観は、

私の考えている「神」観
(
私が近年考えている、この世界における「神」とは、「人々の内にイメージされてきた観念的・主観的な神」「古今東西の宗教が信仰の対象としてきた神」を超えて、「将来の科学が明らかにしていくような、この世界を根底的に支え、この世界を全体として生成調和安定せしめてきた、我々人間をも生存せしめている根本的・普遍的な、智恵ある力・働きとしての、実在の神」です。
私は、この世界の様子や歴史を眺めて、この世界にはそういった根底的な力が存在することを信じたいと思ってます。)

と方向が同じようであり、心ひかれます。

smoky
さんは上で、切実に、
>「神」はなぜこれほどの罪を犯す私を赦すのか。
>(主語を置き換えて)
>なぜこれほどの罪を犯しながらも私は生きなければならないのか。
>「生きる」ということの意味と目的とは一体何であろうか。
>という根元的な問題が立ち上がります。
と述べてますが、
上の私の「神」観から言えば、

>・人間が自由でありうるためには、神があってはならない。(シェリング)

ではなくて、

・「神」が実在するからこそ、現代の私たち人間には「自由」があるのだ。
(
この「自由」は、上方で分類したabの自由のどちらも含む。)
・「神」は、個々の人間を守護・管理しているとともに、個々の人間に、善悪双方を行うことのできる「自由」も積極的に与えている。
(
この場合の「善悪」は、その社会における善悪です。)

ただし、この世界全体を壊滅させるような自由は、「神」は、人間にも自然にもゆるさないのであり、仮にそういった極端な自由を行使する人間・団体・自然(巨大地震や天体の衝突など)が現れる場合は、「神」は、1995年に日本の中枢をサリンで壊滅させるというオウム教団幹部のとんでもない企(たくら)みを阻止せしめたように、その普遍的な力用(りきゆう)でもって、事前にキャッチして必ず阻止します。

といった見方が、私の見方になります。

そういう点で、

・『カラ兄弟』のイヴァンが言う「
神がなければ、すべてはゆるされる」という命題、
(
この命題は、あくまで仮定法として捉えるべきだと私は思ってます。)

・以前一来訪者が述べた「
神があるので、すべてはゆるされる」という命題、

・「
神のない自由(=神の支配がない自由、神の支配から外れた自由)ほど恐ろしいものはない」という命題、
(
この命題は、ドストエフスキーの考えとしてページ内に挙げている「
神のない世界ほど恐ろしい世界はない」という命題
の私流のバリエーションです。)

は、私には、いずれも、意味深長です。

「自由」については、古来、
・世界の現象や人間の行為はすべて、「自由(偶然)」はなくて「必然」なのか
・人間には自立的な「自由意思」があるのか
(
この世界は万能の神の支配のもとにあるのなら、この世界のすべてのことは、神の意志・操りなのか)
といった論争テーマがありますが、
そういった問題に対する私の考えの一端を、この際、以上に、思い切って一気に述べてみました。

私の個人的な「願い(信仰)」として、ある程度、観念化・理想化(トンデモ化)している部分もあると思いますが、私たちが世界観を形成・確立する際に、避けては通れない事柄だと思うので、意見や考えのある人は、聞かせて下さいね。







ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
1〜21)

投稿者
Seigoミエハリ・バカーチン 
ka
Kazan
Old Man in the Corner
 
オドラデク





ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
)


[230]
ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと

名前: Seigo 
投稿日時:08/04/17()


ドストエフスキーはユダヤ人のことやロシアにおけるユダヤ人たちの動向やユダヤ人問題について理解や洞察を示し、「作家の日記」においてもユダヤ人に関する論評を機会ごとに行なっています。

「ドストエフスキーのユダヤ人批判のこと」というタイトルで、情報・意見の交換をしていきましょう。


  *     *     *


宇野正美(国際経済ジャーナリスト)氏の指摘
 
私たち日本人の多くは、この小説をラスコーリニコフという一人の青年の心の苦悶として読むだろう。が、 ドストエフスキーは、この小説でロシア人とユダヤ人の葛藤を描こうとしたのである。主人公ラスコーリニコフはまちがいなくロシア人である。そして高利貸の老婆はユダヤ人を象徴している。ロシア人の読者には、この高利貸がユダヤ人を意味していることがすぐにわかったはずである。そして娼婦ソーニャは、ロシア文明を支え続けたロシア正教を表わしていると読むことができる。ラスコーリニコフの苦悩は、そのままロシア人がユダヤ人に対して抱え込まされた葛藤の、象徴的な表現なのであった。
(宇野正美『ユダヤで解けるロシア』より)

※、ドストエフスキーは作中において主要な登場人物の人物像に象徴的な意味を込めていることがあるということから考えても、そういった面も考えられるのであり、なかなか鋭い指摘になっているのではないかと思います。


★当トピのタイトルの変更:
09/03/19(
)

当トピのタイトルを「ドストエフスキーとユダヤ人問題」から「ドストエフスキーのユダヤ人批判(反ユダヤ主義)のこと」に変えました。

※、08/04/24()追記
上の文章の中の
「理解や洞察を示し」の箇所
の言葉足らずの面や問題性については、以下のミエハリさんの書き込みなどで確認してもらえればと思います。>皆さん





ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
)

[253]
反ユダヤ主義は貧乏人にとってのモルヒネである
名前:ミエハリ・バカーチン 
投稿日時:08/04/23() 


反ユダヤ主義は貧乏人にとってのモルヒネである(ヘルマン・バール)

ドストエフスキーに於ける反ユダヤ主義の問題に就いて比較的最近書かれたものとしては、やはり、中村健之介氏の『永遠のドストエフスキー』(中公新書) を、まずは押えておくべきではないかと思います。この本では、ドストエフスキーの読んだであろう、当時ロシアで出版されていた反ユダヤ主義的な著作も紹介 されていますので、19世紀後半のロシアに於ける反ユダヤ主義の状況に就いても、幾らか窺い知る手掛かりとなります。

ドストエフスキーは多くの人格的欠陥を抱えた病的な人物でしたから、彼が『作家の日記』で反ユダヤ主義的な暴論を書いていても、年季の入ったドストエフ好 きーであれば今更驚きはしませんが、ドストエフスキー没後にロシアを席捲したポグロムを思うと、彼が無責任に書き散らした反ユダヤ的言説は、到底、

「ドストエフスキーはユダヤ人のことやロシアにおけるユダヤ人たちの動向やユダヤ人問題について理解や洞察を示し、「作家の日記」においてもユダヤ人に関する論評を機会ごとに行なっています」(Seigo氏)

というような評価をし得るものではないと思います。むしろ、偉大な作家ドストエフスキーの残した最大の汚点と言ってもいいのではないでしょうか。 Seigoさんご自身は、自分はユダヤ人に対する差別意識も持っていないし、反ユダヤ主義者でもない、と主張されていますが、上に引いたSeigoさんの 発言は、残念ながら、きわめて反ユダヤ主義的なものです。おそらく、これは無知からくる偏見に過ぎないと思いますので、以下に、「ユダヤ人問題」に対する 認識を興味本位を超えて深める上で手助けとなると思われる日本語の文献を、幾つか紹介しておこうと思います。

村山雅人『反ユダヤ主義――世紀末ウィーンの政治と文化』(講談社)

レオン・ポリアコフ『反ユダヤ主義の歴史』(筑摩書房)

度会好一『ユダヤ人とイギリス帝国』(岩波書店)

アイザック・ドイッチャー『非ユダヤ的ユダヤ人』(岩波新書)

イルミヤフ・ヨベル『深い謎――ヘーゲル、ニーチェとユダヤ人』(法政大学出版局)

黒川知文『ロシア社会とユダヤ人』(ヨルダン社)

ツヴィ・ギテルアン『ロシア・ソヴィエトのユダヤ人100年の歴史』(明石書房)

以上、いままで僕が読んだことがある中で、「ユダヤ人問題」に就いて、興味本位でなく、比較的フェアなスタンスで書かれていると思われた著作を挙げておきました。

結局、ドストエフスキーの作品や評論から読み取れる反ユダヤ的な傾向は、特段ドストエフスキーの炯眼を示すものではなく、むしろ、如何に当時の欧州で、近 代化(=世俗化=資本主義化)に伴う不快感の象徴として「ユダヤ人」というイメージが機能し、反ユダヤ主義が広汎且つ根深く蔓延していたかを示すものであ り、又、さしものドストエフスキーといえどもそういう反ユダヤ主義的風潮から批判的距離を取ることが出来なかったことを示すものだと思います。

つまるところ、ドストエフスキーの残した反ユダヤ主義的な言説の数々は、19世紀後半のロシアに於ける反ユダヤ主義の恰好のサンプルという、甚だ不名誉な意味で、史料的価値があるということだと思います。

ドストエフスキーに於ける反ユダヤ主義的傾向は、彼の反カトリック的傾向とも深く関連していると思うのですが、そのことについては、又追々書けたら書いてみたいと思います。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
)

[254]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
   
名前:
Seigo 
投稿日時:08/04/24()


上のミエハリさんからの私の書き込みの箇所へのツッコミとドストエフスキーのその方面に関することの紹介は、ドストエフスキーのその方面のことについてあまり知っていない人には、それをどう受け止めるのかは別にしても、まずは知っておくべき情報であり、ありがたい指摘だと思います。


自分が書いた、
>ドストエフスキーは、ユダヤ人
>のことやロシアにおけるユダヤ
>人たちの動向やユダヤ人問題
>について理解や洞察を示し、
の中の、
>理解や洞察を示し、
の箇所について私の方から言っておくと、
>ユダヤ人のことやロシアにお
>けるユダヤ人たちの動向やユ
>ダヤ人問題について
と書いている通り、
「ロシアにおけるユダヤ人たちの動向」のことを含めて(「ロシアにおけるユダヤ人たちの動向」のことを中心に)、一括して、自分は、
>理解や洞察を示し、
と書き込んだつもりです。>ミエハリさん、皆さん

ミエハリさんから見れば、「理解や洞察を示し、」の箇所は言葉足らずであり言葉を濁したその言葉足らずのところが非常に肝心な部分になってくるということになるわけですが、あくまで以上のような文脈の文章なので、「理解や洞察を示し、」の箇所を、ミエハリさんからの指摘に従って、訂正して言い換えるつもりは自分はありません。(ドストエフスキーのその方面のことについてミエハリさんが述べた立場が正しいと思う人はミエハリさんが述べた立場で見ていけばよいでしょう。)

さて、
肝心となる、

ドストエフスキーは、ユダヤ人のことやユダヤ人問題について、偏見を持ち、ユダヤ人を嫌い、さかんに悪口を述べた。

ということに関しては、自分からはコメントは差し控えさせてもらいます。
(
ドストエフスキーのページを主催している者として、この事項のことは、はっきりさせておくべきでしょうし、自分としては、この事項に関して、ある程度考えや立場 はあるのですが、先日注意を促す書き込みをした通り、タブーの領域に入ってしまう内容もあって、責任が負えない面もあり、そうさせてもらいます。なお、
(ドストエフスキーは)ユダヤ人
>を嫌い、
は事実ですから、
>ユダヤ人を嫌い
ということは認めてかまわないでしょう。)


当トピのテーマについては、ミエハリさんに続いて、ドストエフスキー及びユダヤ人問題に関するその方面の事実や文献の情報の交換や(ドストエフ好きーの人たちからの反論も含めて)意見の交換は引き続いて行なってもかまわないと思います。ただ、この方面のタブーの領域に踏み込むような情報や意見の書き込み及び ××××主義だと決めつけられてトラブルにつながってしまうような意見の書き込みは、場合によっては、差し控えた方がよい場合もあると思うので、そのあたりは各人が配慮してもらえればと思います。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
)

[256]
あなたはユダヤ人だったのですね、はじめてわかりました、虫にたとえると、赤蟻です   
名前:
ミエハリ・バカーチン 
投稿日時:08/04/26()


あなたはユダヤ人だったのですね、はじめてわかりました、虫にたとえると、赤蟻です(太宰治「男女同権」)

Seigoさん

念のために書いておきますと、僕はSeigoさんを反ユダヤ主義者だと決め付ける心算は毛頭ありません。Seigoさんがそれほど明確な認識と強い意志を持って上の一連の書き込みの文章を書かれているとは思えないからです。つまり、何らかの「主義」に基づいた書き込みとは、到底思えない代物です。基本的に は、無知、或いは、習慣から来る偏見に囚われているだけだと思います。有り体にいえば、真摯な探究の末に書かれたものと捉えるには、あまりにも軽薄でお粗末に過ぎます。ユダヤ人に関して、こういう書き方をしている限りは、Seigoさんの身に危険が及ぶことは絶無と言っていいでしょうから、その点はどうぞ ご安心下さい。

ただ、Seigoさんとしては、それほど深い認識と切実な問題意識からではなく、もっと軽い気持ちから持ち出したであろう「ユダヤ陰謀論」のお題は、 Seigoさんにはちっとも身の危険を及ばさないでしょうけど、「言葉足らずであり言葉を濁した」書きぶりで言及された、その相手方の「ユダヤ人」一般に、長い目で見た時、ポグロム的災禍を再び蒙らせる遠く小さな一因ともなりかねないと思います。或いは、そこまで狙って、敢えてSeigoさんがユダヤ人 に関して「言葉足らずであり言葉を濁した」書きぶりで言及しているのだとしたら、それこそSeigoさんこそしたたかな陰謀家なのかも知れません。

――以上、僕本来の性格の悪さを剥き出しにした、皮肉な書きこみをしてしまいましたが、もし、Seigoさんがユダヤ系資本やシオニズム、あるいは現下の イスラエルの政策を批判されたいのであれば、「言葉足らずであり言葉を濁した」書き方をせず、はっきりそう書けばいいのだと思います。ユダヤ系資本やシオ ニストやイスラエル政府(及びそれを後援するアメリカ政府)に対しては、僕も批判的な気持ちを抱いています。

「ユダヤ人」という茫漠とした概念を持ち出して、「言葉足らずであり言葉を濁した」書き方で陰謀論を仄めかしてしまう遣り方では、結局、本当に批判さるべきユダヤ系資本やシオニストやイスラエル政府やアメリカ政府といった巨大な力を持った相手は無傷のまま、自らを守る術とて持たない弱い立場にある多くの無 名のユダヤ人たちに対する偏見を増長するだけになってしまうと思うのです。ご自身の発言が持つそういう意識せざる差別への加担の可能性は、やはり、 Seigoさんがどのような信念を持たれていましょうとも、自覚はしていて欲しいと思います。

ただ、ドストエフスキーに於ける「ユダヤ人問題」を考えることは、「ユダヤ人問題」一般のみならず、ドストエフスキーに於ける「オリエンタリズム」や「ナショナリズム」を考える取っ掛かりにもなりますから、Seigoさんの立てられた当トピックは、今後の展開次第で、相当有意義なものに化けるポテンシャルを秘めていると僕は睨んでいます。竹中労が、何かをやるのに動機は不純でも構わない――という名言を残しています。取っ掛かりはトンデモも何でもいいのです。大体、日本人は多かれ少なかれ、トンデモを通じて「ユダヤ人」と出会うのですから。

トンデモは、文学の永遠の故郷である。

そいつはひどい
どこまでもうさんくさくて安っぽい宝の地図
でも人によっちゃ
それ自体がたからもの

「こいつはすごい財宝の在処なんだ」
信じ切った彼もとうとう
そのシンギを確かめる旅に出るとする

誰もが口々に彼をののしった
「デタラメの地図に目がくらんでる」って

たやすく人一人を値踏みしやがって
世界の神ですら彼を笑う権利なんて持たないのに

そいつはひどい
出来映えだがコツコツ地道に作り上げた自前の船
かれにとっちゃ記念すべき最初の武器

荷物を積み別れを告げ朝焼けの海に帆を張った
こらえきれずかかげた拳 
響き渡るトキの声

そいつはひどい 
どこまでもうさんくさくて安っぽい宝の地図
でもダレにだってそれ自体が宝もの

ホントにデカいダレもがミミ疑う様な夢物語でも
信じ切った人によっちゃ自伝に成り得るだろう

誰もが遠ざかる船を呪いだした
「願わくは高波よ悪魔となれ」

たやすくカクゴの前にたちはだかりやがって!!
夢の終わりは彼が拳を下げた時だけ

死に際のキシ
その手にgungnir
狙ったモノは必ず貫く

誰もがその手を気づけば振っていた
黄金の海原を走る船に向けて

自らその手で破り捨てた地図の切れ端をさがして
拾い集めだした

たやすく自分自身を値踏みしやがって
世界の神ですら君を笑おうとも俺は決して笑わない

船は今嵐の真ん中で
世界の神ですらそれを救う権利を欲しがるのに

Bump Of Chicken/グングニル)




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
)

[258]
このトピの趣旨のこと
名前:Seigo 
投稿日時:08/04/27()

08/04/26()追記


>ミエハリさん、皆さん

再度述べておきますが、
このトピを立てた目当ては、これまで述べた通り、

ドストエフスキーはユダヤ人のことやユダヤ人問題やロシアのユダヤ人たちの動向についてどういった理解や捉え方をしていて、小説中でのユダヤ人の造形や言及も含めてユダヤ人のことやユダヤ人問題やロシアのユダヤ人たちの動向についてどう語っていたか、ドストエフスキーのその発言や捉え方をあらためて確認していくこと

であり、
さらに、
エハリさんが指摘して挙げてくれたことにより、

ユダヤ人のことやユダヤ人問題やロシアのユダヤ人たちの動向についてのドストエフスキーの発言や捉え方に対する評価について意見交換していくこと
(
ドストエフスキーの発言はユダヤ人やユダヤ人問題についての「理解や洞察」といったものではなくて明らかに「偏見」であり当時やその後のユダヤ人たちの差別や迫害を増長させていく無責任なものでありドストエフスキーの最大の汚点の一つであったとみなさざるを得ないとする立場への反論も含めてかまいません。)

も歓迎していきたいということです。
(
同時に立てたもう一つのトピ「ドストエフスキーとフリーメイソン」も同趣旨です。)

以上のことの確認をお願いしたいと思います。
(
ですから、ミエハリさんの上の、
 >(Seigoさんが)もっと軽い気
 >持ちから持ち出したであろう「
 >ユダヤ陰謀論」のお題は、  
という当トピについての認識は見当はずれになっています。このトピは「ユダヤ陰謀論」や「反ユダヤ主義」を論じていくことを主眼にして立てたものではありません。
自分は「ユダヤ陰謀論」「反ユダヤ主義」を強調・主張・称揚しようとして、このトピを立てたわけでないこと、また、著『あやつられた龍馬』や宇野正美氏の一連の著作のことを当初取り上げたわけではないことは、これまで繰り返し述べた通りです。
(
自分は著『あやつられた龍馬』や宇野正美氏の一連の著作を興味本位で取り上げたつもりもありません。取り上げたことで来訪者の方々がそれらの本を読んで安易に「ユダヤ陰謀論」に染まっていくことのないことを願うばかりです。)

「ユダヤ陰謀論」「反ユダヤ主義」自体や
>ユダヤ系資本やシオニズム、
あるいは現下のイスラエルの政策のことなどについて意見交換をしたいのであれば、タブーの領域のことに触れる書き込みには注意しつつ、「伝言・雑記」板の方で行なってもらった方がよいでしょう。)

これも確認ですが、
自分がこれまで書き込みにおいて注意してほしいものとして繰り返し述べている「タブー」とは、
ミエハリさんが言う、

・「ユダヤ陰謀論」を語ること

ということよりも、 
 
・ユダヤ人たちにとっては知られたくない事実や情報を取りあげて古今のユダヤ民族やユダヤ人たちの行状の批判を行うこと

であり、「タブーの領域」とは、ユダヤ人たちにとっては知られたくない古今のユダヤ人たちの行状の事実や情報のことです。  

興味本位で「ユダヤ陰謀論」を語ることは世間のユダヤ人に対する偏見やユダヤ人への差別や迫害を増長していくことにつながるというミエハリさんの忠告は傾聴すべきものでしょう。ただ、そのことを盾(たて)にすべてのユダヤ人批判を「反ユダヤ主義」と決めつけてその批判を封(ふう)じていくという事態になっ ていくのなら、その事態は歓迎されるべきものではないでしょう。ユダヤ人・ユダヤ教徒の皆さんは、自分たちへのコメントや批判に対して、「反ユダヤ主義」 を持ち出すだけでなくて、自分たちの性格や過去の自分たちの行状の問題点を自らかえりみてゆくという行為も必要とされるのではないでしょうか。

 




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
)

[259]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
   
名前:
Seigo 
投稿日時:08/04/27()


まずは、

・「作家の日記」でドストエフスキーがユダヤ人やユダヤ人問題について語っていること(ユダヤ人についてのドストエフスキーのそれまでの発言に対する読者からの抗議の手紙に対して答えながらという形式になっている18773月号の第二章・第三章など)  

・中村健之介氏が『永遠のドストエフスキー』(中公新書)の第五章「博愛主義者にして反ユダヤ主義者」でまとめて述べていること

を読んで、気付きや意見があれば、ぼちぼち、意見交換してみましょう。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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[262]
「大地主義」と反ユダヤ主義の共犯関係
名前:ka 
投稿日時:08/04/27()


19世紀〜20世紀のヨーロッパの反ユダヤ主義一般については、「当時の欧州で、近代化(=世俗化=資本主義化)に伴う不快感の象徴として『ユダヤ人』というイメージが機能」していた…というミエハリさんの総括で、過不足なく言い尽くされていると思います。

ただ一つ補足するなら、ドストエフスキーがそのような意味での反ユダヤ主義者であったことは、同時代のロシアではまだ比較的珍しい部類の現象であっただろうとも推測されます。(それについて「炯眼」という言葉を使うべきではないですが。)


ヨーロッパの伝統的な反ユダヤ主義が、上でいうような反近代化・資本主義化の文脈に変換されて、いわば新たな装いをまとって流通しはじめるのは、かなり新しく、19世紀のことです。
先日、伝言・雑記板で「人種」の問題に触れて書いた(0205日)ように、その更新作業の主な舞台となったのは、近代化の先進地域であった(と同時にカトリック教国として反ユダヤ主義の伝統も根強く残っていた)国、フランスでした。
――逆に言えば、近代化という点で大幅に立ち遅れていたロシア社会においては、そのような意味での新しい反ユダヤ主義が広まる必然性が、それだけ少なかったのです。

そのロシアが遅ればせながら近代化の道を歩みだしたばかりの時期にあって、反近代のイデオローグとして早くから活躍したドストエフスキーという作家は、当 時としては例外的なまでに西欧化された意識の持ち主であり、もともと西欧社会に意識のピントが合っていた面があるからこそ、近代批判という営みを自らに とって切実な課題とすることができたわけです。
(→「啓蒙」スレッドの投稿[182]番を参照)

当然、ドストエフスキーの反ユダヤ主義についても、ほぼ同じことが言えるでしょう。――あるいは別の言い方をすれば、彼の「大地主義」と反ユダヤ主義は、そもそも表裏一体のものに他なりません。

ドストエフスキーが決定的に反近代の旗幟を鮮明にするのは、1867年〜の西欧旅行に行った先で当時最先端の資本主義社会の惨状を目の当たりにしてからのことです。よって、彼が(新しいタイプの)反ユダヤ主義者としての立場を固めるのも、それ以降のことと考えられます。
もっとも、それ以前の『罪と罰』の段階でも、のちに(新しいタイプの)反ユダヤ主義の旗振り役となっていく作者の素質は十分はっきりと見て取れるわけですが。

※その意味にかぎって言えば、宇野氏のような読み方はさほど突飛なものとは思われない。(やや『作家の日記』ごろの作者の立場を作品に遡及適用している観はあるものの)




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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[263] 追記
名前:ka 
投稿日時:2008/04/27() 23:06
 


ミエハリさんによると、中村健之介が2004年の新書でドストエフスキーの反ユダヤ主義について総括しているとのことですが、逆に言えば、それまでは日本ではこの問題が従来あまり重要視されてこなかった…ということなんでしょうかね。

もしそうなら、それは、日本ではドストエフスキーの「大地主義」の問題性がほとんど認識されてこなかった、という事情と連動しているのでしょう。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
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[269]
コンスタンチン・ポベドノスツェフとウラジーミル・ソロヴィヨフ〜その1   
名前:
ミエハリ・バカーチン 
投稿日時:08/04/29()


コンスタンチン・ポベドノスツェフとウラジーミル・ソロヴィヨフ〜その1

Seigoさん

ドストエフスキーと「ユダヤ人問題」――というお題に関して、Seigoさんとしてはドストエフスキーの反ユダヤ主義的発言の数々にも「一分の理(洞察)」を見ようとされている訳ですね、了解しました。ただ、Seigoさんが、

「ユダヤ人たちにとっては知られたくない古今のユダヤ人たちの行状の事実や情報」

「ユダヤ人・ユダヤ教徒の皆さんは、自分たちへのコメントや批判に対して、「反ユダヤ主義」を持ち出すだけでなくて、自分たちの性格や過去の自分たちの行状の問題点を自らかえりみてゆくという行為」

と書かれている中の、「行状の事実や情報」「自分たちの性格や過去の自分たちの行状の問題点」というのが、具体的にどういうものなのかを、信頼できる資料 に即して書いて下されねば、ドストエフスキーの反ユダヤ主義的発言を条件付にとはいえ肯定的に評価することは出来ないと思います。そして、Seigoさん の言われる「ユダヤ人」の「行状」や「事実」や「性格」を書くことは、タブーでも何でもないでしょう。それが本当に事実であり、そして告発すべき悪である と考えられているのであれば、「罪を憎んで人を憎まず」という戒めを忘れずに、良識の範囲内で書けばいいだけの話ですし、書かねばなならいでしょう。それ をいたずらに自粛的にタブー視することは、自ら言論の自由を放棄するに等しい態度であり、そもそも初めからこのようなトピックを立てる資格そのものを自ら 否定しているようなものではないでしょうか。僕は、権力による言論弾圧以上に、こういう自粛的な言論封圧の方がずっと問題だと思います。そして、ファシズ ムの起源は僕は権力の弾圧よりもむしろ自粛的な言論封圧に由来すると思っています。ファシズムは常に「下から」やってくる――そのようにも僕は思います。

さて、反ユダヤ主義にも正当な一面があるという主張の証拠は、追々、Seigoさんに紹介して頂くとして、僕の方では、19世紀のロシアを席巻した反ユダヤ主義を考える上で欠かすことの出来ない、コンスタチン・ポベドノスツェフに就いて、少し紹介させて頂こうと思います。といっても、例によって、Wikipediaの記事からの引用ですが、こんなことが書いてあります。

「ポベドノスツェフは、人間の原初たる自然は罪を持つという見解を抱いていた。従って、彼は、自由や前近代から独立した人間性の解放などの西欧の思潮を 「ニヒリズムに取りつかれた若者の危険な妄想」として拒絶した。彼自身の著作のなかでは、しばしば「ひとりの個人の思想及び言語は、彼自身ではなく、人類 全般の所有にある」と、他の作家から適切な出典の無いままの引用が見出される。

アレクサンドル3世の初期の治世において、ポベドノスツェフはスラブ派として思想を形成し、更に西欧諸国の制度は根本的にはロシアにとっては悪であり、ロ シアの独自性、すなわち、ロシアの国土の広さや民族構成の複雑性、民度の遅れから適用できないとして、ロシア国家と正教会の一体化を主張する反動主義へと 転換した。一方で同時期にゲルツェンの『ロシアの声』に寄稿をしている。

ポベドノスツェフは、民主主義を「下品な民衆の手に負えない独裁政治」であると見なし批判を加えた。議会による行政・司法の統制(すなわち議会制民主主義 や陪審制)、言論の自由、宗教教育に対峙する意味での普通教育は嫌悪の対象であった。ポベドノスツェフは、それら全てを彼の厳格な筆誅の対象とした。

西欧合理主義が産んだこうした危険物に対して、彼は、数世紀に渡る歴史の中で大衆の信仰心により形成される均衡の重視を見出した。ポベドノスツェフの視点 によれば、人間社会の自然的発展は植物の成長に例えられ、人間は社会的発展の全法則を見出すことは不可能であり、社会を改良しようとするどんな試みも暴力 や犯罪と同一視される。

以上のような思潮は、現実のロシア帝国において、皇帝の専制権力や正教会などの伝統的権威を保護する上での根拠となった。

実際の政治面においては、ポベドノスツェフは皇帝アレクサンドル3世のフィンランドなどの帝国内の被支配民族に対するロシア語化政策に当たって、政策立案 と実施面における影響を及ぼした。また、昂揚するロシア・ナショナリズムは、正教会以外の宗教弾圧、就中、ロシア国内のユダヤ人に対するポグロムとして現 れた。ポベドノスツェフは反ユダヤ主義を徹底し、系統的な反ユダヤ人政策を明確化した。ポベドノスツェフによればロシア国内のユダヤ人は、総人口の3分の 1を移住させ、3分の1を餓死させ、残り3分の1をキリスト教徒に再洗礼させるというものであった。結局、1881年から1920年までの時期に、ロシア のユダヤ人は大規模な国外移住を開始し、約200万人がアメリカに移住したとされる。

ポベドノスツェフは、一般に多くの人々から嫌悪されていたが、彼と見解を同じくし、更には彼と個人的に共鳴した人物が少なくとも1人存在した。その人物と は、小説家のドストエフスキーである。二人の共鳴は、現代においても多くの人々の興味を惹くものである。ドストエフスキーは、ポベドノスツェフを「彼が革 命からロシアを救うことができるただ一人の人であると信じます」と書いている」(Wikipedia「コンスタンチン・ポベドノスツェフ」)

ロシア正教宗務院長官として当時の反動政策の推進に辣腕を揮ったポベドノスツェフと晩年のドストエフスキーが昵懇だったことは有名ですが、ことに両者は反 ユダヤ主義で大いに共鳴し合っていたようです。ドストエフスキーの反ユダヤ主義を肯定的に評価することは、殆どポベドノスツェフのユダヤ人たちに対する弾 圧をも正当化することと同義となりかねません。





ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
 (
10)

[270]
コンスタンチン・ポベドノスツェフとウラジーミル・ソロヴィヨフ〜その2
名前:ミエハリ・バカーチン 
投稿日時:08/04/29()  


コンスタンチン・ポベドノスツェフとウラジーミル・ソロヴィヨフ〜その2


さて、19世紀末から20世紀初頭にかけてのロシアに於ける反ユダヤ主義の状況に関しては、ネット上の資料としては、リンク先の論文がコンパクトにレポートしてくれている文献になります。少し引用してみましょう。

「ロシアでユダヤ人は帝国内の通常の臣民としてではなく、最下層の「異族人」の身分に属するものとされ、「賤民」であった。課せられた制限のうち特徴的な ものは、隔離地、ペール・オブ・セツルメントの存在である。そこは、ポーランド分割以前にユダヤ人が居住していた地域を主要部分としてバルト海から東南ヘ アゾフ海にいたる線の西側に当たっており、リトアニア3 県、ベラルーシ 3 県、ウクライナの南西ロシア 5 県と南ロシアの 4県がロシア・ペール、これにロシア領ポーランド10 県が含まれていた。これは、全ロシア帝国面積の4%に当たる。ペールの東方に広がる内陸諸県への移動を禁止されていただけではなく、ペール内部においても キエフ、ニコラエフ、セヴァストポリなどの都市の居住は禁止され、農村地域の居住も制限されていた。帝政政府はユダヤ人の宗教生活、共同体生活、経済活 動、財産権、教育などに制限を課し、12 歳以上のユダヤ人少年を 25 年の兵役につかせる徴兵制度や特別税を課すことも行った。20 世紀初頭には 1000 か条以上のユダヤ人に対する特別立法が存在したのだった。ユダヤ人はシュテットルにかたまって生活を営んでいた。シュテットルとはイディッシュ語で「小さ な都市」を意味し、都市という行政上の区画外の郡部にある都市型集落で、住民の大部分がユダヤ人からなり、農民を中心とする周辺の非ユダヤ人を相手に商工 業を営んだユダヤ人の小さな町であった」
(柳沼久美子「アメリカにおけるロシア系ユダヤ移民」)

「帝政が崩壊に向かい、社会混乱が増すにつれてユダヤ人社会を囲む環境は悪化の一途を辿った。それはポグロムとなって爆発する。ポグロムとはロシア語で暴 行・掠奪・殺人などを伴う攻撃を意味するが、とくにユダヤ人に対する集団的な掠奪・破壊・虐殺を意味する言葉である。社会不安を反映してユダヤ人が身代わ りになり、あるいはフラストレーションのはけ口にされ、1880 年代から 1920 年代までに三度大きいポグロムが発生した。そのうちの一つ、第一番目のポグロムが1881 年から 1884 年にかけてウクライナで発生したものである。革命集団ナロドナヤ・ボルヤによるアレクサンドル二世暗殺事件にユダヤ人女性ハシャ・ヘルフマンが関与してい たことが引き金となった。アレクサンドル二世は農奴解放を始め改革政治を展開し、ユダヤ人にも少年兵制度の廃止、都市や自治機関への参加、ペール以外の地 域への居住を許す例外規定の設置などを行っていた。しかし、この事件はロシア政治に反動への逆転をもたらしたのだった。皇帝は同年3 13 日に死亡したが、4月27 日の復活祭のとき、ウクライナのエリザベツグラードでポグロムが発生し、キエフ、オデッサなどへと波及、1884 年まで断続的に各地で起きた。襲われた地域は 100ヶ所を越えたという。次のアレクサンドル三世(18811894 年)は、自分の家庭教師ポビエドノスツエフを東方教会の最高会議議長に任命した。議長は西ヨーロッパの議会制民主主義よりロシア型独裁を指向する人物で、 ロシア正教会を核とした宗教上の統一をスローガンとしたので、ユダヤ人にとっては改宗か追放あるいは死のいずれかを選択しなければならない苦しい状況に 陥った。
 ポグロムに追い討ちをかけるようにして、1882 5 月にユダヤ人の公職と経済活動を制限する臨時法、『五月法』が導入された。これによってユダヤ人は都市やシュテットル外部の農村地区に新たに居住すること を禁止され、農村での土地の取得や賃貸、管理が禁止され、日曜日やキリスト教祭日における商取引も禁止された。モスクワはユダヤ人居留地ではなかったが、 専門技術を身につけているため居住を許されていたユダヤ人職人14000人が追放された。ノブゴロド、ヤルタなどでも同じ処置が講じられ、多数の人々が路 頭に迷うこととなった。ツァーリズムの厳しい政策が進むと同時に、ポグロムはガリチア、ルーマニアにも広がり、90 年代末までにロシアを含む 3 地域からユダヤ人 100 万人が難民となって流出していた。ポグロムの最高潮は1903 年∼1906 年キシニョフで起きたもので1905 10 月には 101 の都市で 3000 人の死者、一万人以上の負傷者が出ている。ロシア系ユダヤ移民の大量移住の原因としてツァーリズムによる抑圧政策の強化とポグロムが重大であったことは以 上から言えよう。生命と財産が危険にさらされていたのである。実際、ロシア系ユダヤ移民のアメリカ移住の年々の変動は、抑圧とポグロムの変動を反映してい た。
 1882 年の移民数の小ピークは 1881 年に始まるポグロムを、1887 年のピークは五月法の施行につづく追放や制限措置を、1892 年のピークはモスクワ追放事件を、1890 年代末からの増大はロシア国内で高まる社会的緊張に関連しており、1903 年∼1906年の急上昇はキシニョフ・ポグロムに始まって第一次ロシア革命中に高まったポグロムの大波を反映していた」
(同上)

上に引用した文章から、映画『屋根の上のバイオリン弾き』を思い出す人も少なくないでしょう。

もう一つ、当時のロシアに於ける反ユダヤ主義に就いて考察した興味深い論文をネット上で見つけましたので、紹介しておきます。

18813月,アレクサンドル二世が「人民の意思」派によって暗殺された。これを機に,かねてから革命勢力と同一視される傾向のあったユダヤ人が皇帝 を殺したとの噂が広まり,その約一ヶ月後,ロシア南部のエリザヴェートグラードでポグロムが勃発した。反ユダヤ的暴力はロシア南部一帯に飛び火し,翌年の 夏まで繰り返された。ポグロムの突発は,右派による反ユダヤ的煽動を勢いづけたばかりか,急進的左派の一部もこれを抑圧勢力に対する民衆による正当な怒り の発露として歓迎し,時のツァーリ政府に至っては,ポグロムの原因を犠牲者であったユダヤ人自身に帰して一連の対ユダヤ人制限法を復活させた。一方,進歩 的なロシア知識人は,サルティコフ=シチェドリンなどの数少ない例外を除いて軒並み沈黙した。
 こうした状況下で勇気ある一歩を踏み出したのが,宗教思想家のウラジーミル・ソロヴィヨフであった。1882 2月,ソロヴィヨフはペテルブルク大学で講演を行ない,「永久に神を生み続けるユダヤ民族」と「神の担い手たるロシア民族」との精神的和合を唱え,反ユダ ヤ的風潮の高まりに警鐘を鳴らした。その後,ユダヤ人社会活動家ファイヴェル・ゲッツの下でユダヤ教を本格的に学んだソロヴィヨフは,1890年にモスク ワ大学で講演し,ポーランドの自治,ユダヤ人の平等,帝国内のすべての民族の自由な発展を保障することこそが真の愛国主義であるとして,排他的民族主義を 厳しく批判した。さらに同年,彼はゲッツのイニシアチヴに応じて,言論界の反ユダヤ的傾向に対する抗議文を起草し,著名な知識人の署名を募った。その結 果,呼びかけに賛同したトルストイを筆頭とする文化人 60名余りが「言論界における反ユダヤ的言動に対する抗議文」に署名した。結局この抗議文は検閲のためロシア国内では発表されずに終わったが,一連の活動 は当局の不興を買い,ソロヴィヨフは公職から事実上追放される憂き目に遭った。こうした大胆な言論活動を支えていたのが,ユダヤ教とキリスト教の関係に対 するソロヴィヨフ独自の見解であったことは,1884年に発表された『ユダヤ人社会とキリスト教問題』から推察できる。題名自体がその立場を物語っている この論文の冒頭でソロヴィヨフはこう断言する。

《ユダヤ人は我々に常にユダヤ流に接してきたが,反対に我々キリスト者はユダヤ教に対してキリスト教的に接することを未だに学んでいない。彼らが我々に対 して自らの宗教的掟を破ることは一度もなかったが,我々は彼らに対して常にキリスト教の教えを破ってきたし,いまも破っているのである》

ソロヴィヨフはこのように, ユダヤ人問題について一般に受け入れられていた論理を逆転させ,問題の原因はユダヤ人側にあるのではなく,むしろキリスト教徒のユダヤ人に対する偽善的態 度にこそあるとみなした」
(赤尾光春「帝政末期におけるロシア作家のユダヤ人擁護活動――ソロヴィヨフ、トルストイ、ゴーリキー、コロレンコを事例とし て」)

「ソロヴィヨフは,「ユダヤ人問題」を専ら宗教的な観点から理解し,第一にそれを「キリスト教問題」と位置づけた。その上で,「ユダヤ人問題」の解決に向 けたキリスト教徒の主体的役割を強調するが,それと同時にユダヤ人のキリスト教世界への最終的な同化も期待している。この点でソロヴィヨフの考えは,ドス トエフスキーのような同時代のスラブ主義者の主張とも重なり合う。ただし,ドストエフスキーがユダヤ人社会の中に見出した民族主義と物質主義という二つの エゴイズムを,キリスト教精神に基づく普遍的人類愛を妨げる脅威とみなしていたのに対して,ソロヴィヨフはむしろこうした特質の肯定的側面を積極的に評価 しており,この点で両者のユダヤ理解は決定的に異なる。ユダヤ人の民族的気質に関する考察は,同時期に書かれた 『ロシアにおける民族問題』(1883)や『民族性とロシアの民族問題について』(1884)等の著作でも重要な位置を占めている。ソロヴィヨフはこれら の著作でスラブ主義者によるメシアニズム思想を総ざらいし,ロシアが東西世界を融合させる特別な使命を帯びていることを再確認する。ただし,そのために は,自己犠牲の精神によって民族主義を克服した上で,民族主義とは区別された民族性を強固に保持しつつ,それを普遍的な宗教理念と和解させることが不可欠 であると唱える。ここで見逃せないのは,「選民」としてのロシア民族の使命を追究する上で,ソロヴィヨフがユダヤ人の民族的特性として挙げた民族的自覚と 普遍的宗教性との統一性を明らかにモデルとしている点である。このように,ユダヤ教とキリスト教との歴史的連続性を前提としていたソロヴィヨフの思想は, 両者を対立的に捉えるが故に反ユダヤ主義へと転じることもあった同時代のメシアニズム的民族主義とは一線を画すものであった。
 「ユダヤ人問題」に関するソロヴィヨフの「教条的見解」は,「うっそうとした,時として見通しのきかない形而上の靄で覆われることがある」とコロレンコ も評しているように,観念的な世界に偏重するきらいがあることは否めない。とはいえ,彼の真骨頂はむしろ,理論と実践とがつねに表裏一体となっていた点に ある。ソロヴィヨフは,「旧約」聖書をヘブライ語で読破し,タルムードなど後代のユダヤ教文献にも通暁したが,そうしたユダヤ教の理解は実践面でも発揮さ れた。例えば,彼は,前述した公の言論活動の他,「ロシア・ユダヤ人啓蒙普及協会」の名誉会員として移民促進といったユダヤ人に対する具体的な救援活動にも携わった。そのユダヤ世界への傾倒振りは,臨終の床にあっても,ユダヤ民族の平安を祈願してヘブライ語で詩編を朗詠したと伝えられていることに象徴される」
(同上)

ソロヴィヨフというと、日本だと大川周明などに多大な思想的影響を与えたことでも有名な神秘主義的思想家ですが、やはり何といっても、晩年のドストエフス キーとの交流でドストエフ好きーは彼の名を記憶していることでしょう。一説では、アレクセイ・カラマーゾフのモデルはソロヴィヨフではないかとも言われい るそうです。アリョーシャのモデルとも言われるソロヴィヨフが、熱烈なロシア愛国者であっただけではなく、きわめて熱心な親ユダヤ派であったことは、非常 に興味深い事実だと思います。

ポベドノスツェフ(反ユダヤ)とソロヴィヨフ(親ユダヤ)との間にあって、晩年のドストエフスキーは、彼のロシア・メシアニズム(大地主義)にどのようなヴィジョンを託そうとしていたのでしょうか――。

 




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
11)

[271]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと

名前:Seigo 
投稿日時:08/04/29()


ミエハリさんからの当時のロシア社会の反ユダヤ主義・親ユダヤ主義のことについての情報や論文の紹介は、ありがたいです。
このトピでは背景としての当時のロシア社会の反ユダヤ主義・親ユダヤ主義の情報の書き込みは歓迎します。
(
赤尾光春氏の論文「帝政末期におけるロシア作家のユダヤ人擁護活動――ソロヴィヨフ、トルストイ、ゴーリキー、コロレンコを事例として」は、私も先日ネット上でたまたま見つけて、特にソロヴィヨフの項は興味深く読みました。
ドストエフスキーが晩年、(当時においてソロヴィヨフがすでに親ユダヤ主義者だったとして)彼との交流においてユダヤ人問題のことが話題にあがり意見の交換や議論(彼からの忠告も含む)がなされていたのだとしたら、そのことは私たちとしては大いに興味をそそることです。
同じく指摘の通り、反ユダヤ主義者だった当時のロシア政界の大物ポベドノスツェフの意気投合していたドストエフスキーへの教導や影響も気になるとろです。)

  *     *     *


ka
さんも言うように、ドストエフスキーのユダヤ人嫌いということは知っていても、ドストエフスキーと(における)ユダヤ人問題(反ユダヤ主義)というテーマは、いろんな 意味で重要なテーマであるにも関わらず、日本ではこれまでほとんど取り上げられてこなかったと思います。(中村健之介氏が『永遠のドストエフスキー』(中公新書・20047月刊)の第五章「博愛主義者にして反ユダヤ主義者」で、フランスでのその方面の本格的な論文(ゴールドシュテイン「ドストエフスキー とユダヤ人」)も紹介して、あらためて手厳しく先鞭(せんべん)を付けました。)

それから、
ka
さんの言う、
>彼の「大地主義」と反ユダヤ主
>義は、そもそも表裏一体のも

>のに他なりません。
については、どういうことなのか、別途でもかまわないので、今度、聞かせてもらいたいです。(「大地主義」及びその問題点については、kaさんは、トピ「ドストエフスキーと啓蒙、またはブリヌイをおいしく食べる方法」で触れていますね。)

  *     *     *


繰り返して言いますが、
このトピでは、ユダヤ人やユダヤ人問題自体についてのアブナイ情報や見解(タブーの情報や見解と言うよりもアブナイ情報や見解のことですね)の具体的な書 き込みは、差し控えるよう、お願いします。今後、もし、その書き込みがあれば、このトピのトピ主及び管理人の権限で、見付け次第、その箇所あるいは書き込 みは、ただちに削除します。>ミエハリさん、皆さん
(
ユダヤ人問題自体についてのアブナイ情報というのは、20世紀に入ってから現代までの時期の中でのことです。こう限定して言えば、ユダヤ人のことに詳し いミエハリさんもそのアブナイ情報とは具体的には何のことか、思い当たるでしょう。ドストエフスキーが亡くなってからずっと後(のち)のユダヤ人自体についての情報であり(また、その情報の信憑性も確かでは無いものもあるでしょう)、ドストエフスキーのユダヤ人及びユダヤ人問題に関する発言の事実やその評価や当時の反ユダヤ主義の状況を確認していくこのトピでは触れる必要も無いでしょう。)




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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12)

[272]
RE: RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
   
名前:
ミエハリ・バカーチン 
投稿日時:08/04/30()


Seigoさん

僕はユダヤ人の知り合いは一人もいませんし(まあ、ユダヤ人に限らず、日本人も含め「人間」一般の知り合いも一人もいませんが)、ユダヤ人のことに全然詳しくありません。ただ、誰を相手にせよ、極力、根拠の曖昧な偏見は抜きに、どれだけ孤立しようと出来る限りフェアでありたいと思っているだけです。そういう訳で、Seigoさんの書かれている、

「ユダヤ人問題自体についてのアブナイ情報というのは、20世紀に入ってから現代までの時期の中でのことです。こう限定して言えば、ユダヤ人のことに詳しいミエハリさんもそのアブナイ情報とは具体的には何のことか、思い当たるでしょう」

という言葉の意味も何のことだかさっぱり判りませんが、けれども、世の中に実際に「ユダヤ人やユダヤ人問題自体についてのアブナイ情報や見解」があるのかどうかはともかく、Seigoさん個人の問題(信念)として、何か触れたくないものがあるのであろうことは了解しました。

ただ、こちらも繰り返しになりますが、根拠の曖昧なままに、過去の問題にせよ、現在の問題にせよ、自分と深い関わりのない他者に就いての偏見や差別の助長 に繋がりかねないネガティヴな風説を既成事実であるかのようにもっともらしく語ったり仄めかしたりすることは、やはり、それこそ問題だと思います。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
(
13)

[274]
近代批判とユダヤ人憎悪
名前:ka 
投稿日時:08/05/03()


中公文庫の中村氏のドストエフスキー論をちょっと立ち読みしてみましたが、ユダヤ人問題にまつわるパートは思ったより随分とボリュームがあり、内容の濃いものでした。
ゴールドシュテインの原著が出たのは1976年、英訳が1981年ということで、それ自体そんなに大昔のことではないのですね。

Seigo
さんがお尋ねの件:
ミエハリさんが上で書いていたように、近代西洋の反ユダヤ主義というものは、基本的に近代化への反発が形をなしたものです。

近代化を遂げた社会は、それ以前では考えられなかったような複雑かつ解決困難な社会問題を数多く抱え込むことになります。
その状況下では、ある特定の社会的カテゴリーを諸悪の根源として名指し、→そいつらのせいで社会全体が「汚されている」と考え、→そいつらの影響力を排除して社会を「清める」ことにより、社会は本来のあるべき姿を取り戻すはずだ!とする思考が社会の中で広がりやすい。

そこでいう「本来のあるべき姿」は、近代化以前の社会の姿をモデルに構想されるのが常です。つまり、「大地」に結びついた有機的・共同体的な農耕民族のあり方が、(今では失われた)理想として神聖化されます。
そして、その聖なる「大地」を汚した悪者=ユダヤ人、という構図が描かれるのです。

そのタイプの他者憎悪は20世紀中に、ナチスによるホロコーストをはじめ、いわゆる「民族浄化」という最悪の結果をもたらしました。

  *   *   *

ドストエフスキーの「大地主義」+反ユダヤ主義は、先に述べたように、そもそも近代化が遅れていたロシアという国にあってはごく先駆的な近代批判であり、同時にやや奇妙+ちぐはぐな印象を与えるものでもあります。

近代批判という意味での反ユダヤ主義が大いに栄えた西欧諸国では、近代化以降の解放政策により、ユダヤ人は「ゲットー」から解放されて社会への同化を進めつつありました。
だからこそ西欧の社会では、近代化そのものを象徴するような存在としてユダヤ人が観念的にカテゴリー化されやすかったと言えます。

……それに対して当時のロシア・東欧では、多くのユダヤ人たちは「シュテートル」と呼ばれる小規模な部落で、むしろ前近代的な性格が色濃い生活を送っていました。
ですから、近代化の象徴としてユダヤ人を排撃する必然性は、それに応じて低かったはずなのです。

 

 




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと (14)

[405]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
   
名前:
Old Man in the Corner 
投稿日時:08/09/04()


未だに宇野正美の著書から引用を持ってくる人がいる事に少々驚きました。宇野正美の著書自体がアブナイ 情報と言えるんですが・・・。自分は大昔、帝制ロシアのユダヤ人問題について学んでいた事がある者です。ロシア文学をやっている方というのは、研究対象と しているロシアの作家自体を盲目的に好きになっている方が多いのでしょうか。当時の話ですが、私がロシアのユダヤ人問題(ユダヤ人差別)について研究して いることに対して、ロシア文学の古参教授から、「ユダヤ人が悪いことをしているのだから、そんなことを研究しても意味がないでしょう」と面と向かって言わ れたことがあります。恐らく、ドストエフスキーなどが文学作品の中で書いているユダヤ人の悪口をすべて真実だと思い込んでしまっているのでしょう。こう いったロシア文学者たちの態度が、日本におけるロシア文学側からのロシア・ユダヤ人問題研究の進歩を阻んできた側面は非常に強いと思います。ドストエフス キーとポベドノースツェフの関係や反ユダヤ主義などはロシア・ユダヤ史側の研究者にとっては常識ですが、ロシア文学研究者では知らない(もしくは意識的に 無視する)人がいたりする。日本のロシア文学者には、もっと研究者として冷静・客観的であって欲しいと思います。自分たちのロシア文学者への贔屓が研究を 遅らせている事を自覚してもらいたい。

 ミエハリ・バカーチンさんは良く調べておられると思いますし、非常に常識的な考え方をされておられると思います。引用されている書物に出てくる「ペー ル・オブ・セツルメント」は訳者が専門家ではないので仕方がないですが、日本語では「ユダヤ人定住地域」と訳すのが良いと思います。私はユダヤ人定住地域 の法令についての研究もしましたが、実態として、この法律がどのように運用されていたかは、実際の一般ユダヤ人側の資料(日記・覚書・手紙)などから判断 するしかなく、そうした資料の入手が当時は非常に困難でしたので挫折してしまいました。

 私の昔の研究からロシアのユダヤ人問題について言える事は、ロシアの反ユダヤ主義には官製のものと民製のものの二種類が存在するということです。民製のものは、恐らく東欧でのユダヤ人の数の多さとキリスト教的反ユダヤ主義が大きく関係していると思われます。官製のものは、国内のユダヤ人というよりも国外 のユダヤ人・西欧に対する敵意が大きく関係していると思われます。
 フランス革命とナポレオン戦争(祖国戦争)はユダヤ人の陰謀によって起こったのだという説がロシア宮廷内には広く流布しており、また、ロシア近代化のた めに西欧からの借款を募る際に、西欧のユダヤ人金融家たちがロシアのユダヤ人差別(定住地域の存在や教育機会の不平等など)を理由に借款を拒否した事が、 ロシア側からは、すべてユダヤ人の陰謀と映ったのです。そして、帝政末期のアレクサンドル三世〜ニコライ二世時代にはポベドノースツェフ(確かニコライ二 世の家庭教師をした)の影響もあって官製の反ユダヤ主義が非常に強大になりました。例えば、ベイリス事件(ロシア人少年ユシチンスキーが殺害され、ユダヤ 人のベイリスが儀式目的に殺害したのだとして犯人として逮捕・起訴された事件)ですが、これは国際的にも注目され、ドイツではトーマス・マン、フランスで はアナトール・フランス、チェコのマサリクなどが抗議の声を上げました。国内ではコロレンコ、ゴーリキーなどの文学者たちが抗議し、一部の極右を除いてロ シアのオクチャブリストからボリシェヴィキまでがベイリス支持の立場をとっていました。結局ロシアの司法当局はベイリスに無罪判決を出し、警察側は自分た ちの敗訴を日露戦争での対馬沖海戦敗戦にたとえるほどでした。

 こうした官製の反ユダヤ主義の高まりを引き起こしたポベドノースツェフとの交友がドストエフスキーにどのような影響を与えたのか、逆にドストエフスキー がポベドノースツェフや民製反ユダヤ主義にどのような影響をもたらしたのか、ロシア文学側から是非研究してもらいたいものです。

 




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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15)

[495]
壁と卵
名前:ミエハリ・バカーチン 
投稿日時:09/02/17()


イスラエル最高の文学賞エルサレム賞を受賞した村上春樹の授賞式でのスピーチが話題を呼んでいますね。

So I have come to Jerusalem. I have a come as a novelist, that is - a spinner of lies.

Novelists aren't the only ones who tell lies - politicians do (sorry, Mr. President) - and diplomats, too. But something distinguishes the novelists from the others. We aren't prosecuted for our lies: we are praised. And the bigger the lie, the more praise we get.

The difference between our lies and their lies is that our lies help bring out the truth. It's hard to grasp the truth in its entirety - so we transfer it to the fictional realm. But first, we have to clarify where the truth lies within ourselves.

Today, I will tell the truth. There are only a few days a year when I do not engage in telling lies. Today is one of them.

When I was asked to accept this award, I was warned from coming here because of the fighting in Gaza. I asked myself: Is visiting Israel the proper thing to do? Will I be supporting one side?

I gave it some thought. And I decided to come. Like most novelists, I like to do exactly the opposite of what I'm told. It's in my nature as a novelist. Novelists can't trust anything they haven't seen with their own eyes or touched with their own hands. So I chose to see. I chose to speak here rather than say nothing.
So here is what I have come to say.

If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.

Why? Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg. Each of us is confronting a high wall. The high wall is the system which forces us to do the things we would not ordinarily see fit to do as individuals.

I have only one purpose in writing novels, that is to draw out the unique divinity of the individual. To gratify uniqueness. To keep the system from tangling us. So - I write stories of life, love. Make people laugh and cry.

We are all human beings, individuals, fragile eggs. We have no hope against the wall: it's too high, too dark, too cold. To fight the wall, we must join our souls together for warmth, strength. We must not let the system control us - create who we are. It is we who created the system.

I am grateful to you, Israelis, for reading my books. I hope we are sharing something meaningful. You are the biggest reason why I am here.

全文ではないですが、以上、ネットで拾ったスピーチの抄録をコピペしておきます。

「政治と文学」というお題を考える際、このスピーチは、今後無視し得ぬテクストになると思われますが、特に僕は、

If there is a hard, high wall and an egg that breaks against it, no matter how right the wall or how wrong the egg, I will stand on the side of the egg.

というくだりに、ドストエフスキーの有名な、

「たとえ真理はキリストの外にあると数学的に証明するものがあっても、真理とともにあるよりは、むしろキリストとともにあるほうを選ぶ」

という言葉を思い出しました。幾許か、村上春樹自身、このスピーチの文章を考える際、ドストエフスキーをイメージしていたのかも知れません。又、同スピーチで村上春樹は、

Why? Because each of us is an egg, a unique soul enclosed in a fragile egg. Each of us is confronting a high wall. The high wall is the system which forces us to do the things we would not ordinarily see fit to do as individuals.

I have only one purpose in writing novels, that is to draw out the unique divinity of the individual. To gratify uniqueness. To keep the system from tangling us. So - I write stories of life, love. Make people laugh and cry.

We are all human beings, individuals, fragile eggs. We have no hope against the wall: it's too high, too dark, too cold. To fight the wall, we must join our souls together for warmth, strength. We must not let the system control us - create who we are. It is we who created the system.

と語っていますが、この辺りの論理展開は、村上春樹自身の、

「フョードル・ドストエフスキーは神を造りだした人間がその神によって裏切られるという凄絶なパラドクスの中に人間存在の尊さを描いたのです」
(「かえるくん、東京を救う」)

という言葉を思い出せるものがあります。

神=壁=システム=真理/キリスト=卵=個人=人間

という比喩変換の図式で村上春樹の思考は展開されているようにも思われます。

村上春樹が、自らの姿勢をここまではっきりと明言したことはかつてなかったと思うのですが、ガザ侵攻への批判を込めて、一神教の神を生み出したイスラエル の人々を前に語られたこの誠実な言葉は、村上春樹の同世代人である日本赤軍の起こしたテルアビブ空港乱射事件よりも、さらに普遍的な「勇気」を示したもの である、と考えることも出来るかも知れません。





ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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[496]
追記
名前:ミエハリ・バカーチン 
投稿日時:09/02/18()


村上春樹のエルサレム賞受賞講演「Always on the side of the egg」の全文がイスラエルのハーレツ紙のWeb版に掲載されていたので、リンクを貼っておきます。

 




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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17)


[806]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと

名前:Kazan 
投稿日時:10/05/14()


Seigo
さん

>ドストエフスキーはユダヤ
>人のことやロシアにおける
>ユダヤ人たちの動向やユ
>ダヤ人問題について理解
>や洞察を示し、「作家の日
>記」においてもユダヤ人に
>関する論評を機会ごとに行
>なっています。

「猶太人への蔑視は、欧羅巴人が十数世紀を批評の外に置いて来た心のくら闇の部分なのである。宗教的な信仰と一緒に、闇のまま祖先から伝えられて来て疑わずに、猶太人をけがらわしいもの、きたないもの、人道外のものとして来たのである」
(大仏次郎「ドレフュス事件」)

ドストエフスキーも反ユダヤ主義から自由ではなかったと言わざるを得ないのでは。どうも文学界では、「苦悩のヒューマニスト」という虚像が一人歩きしているように卑見致します。彼の「博愛主義」からはユダヤ人のみならず、異民族は除外されているのではないでしょうか。
その排他的な性質は、トルコ人の捕虜に同情したロシア婦人を激しく罵倒していることでも明らかです。「カラマーゾフの兄弟」でイワンが人間の残虐性の例として引き合いに出しているのが、トルコ人やチュルケス人のスラブ民族に対する「残虐行為」であることは象徴的ですね。

Old Man in the Corner
さん
 
>恐らく、ドストエフスキーな
>どが文学作品の中で書い
>ているユダヤ人の悪口を
>すべて真実だと思い込ん
>でしまっているのでしょう。
>こういったロシア文学者た
>ちの態度が、日本における
>ロシア文学側からのロシア
>・ユダヤ人問題研究の進歩
>を阻んできた側面は非常に
>強いと思います。


「だがね、ルパン君、君を笑ってやることがあるよ・・・。というのは、君が人殺しをしたことだ…。浦瀬の殺人だけはどうしてものがれることができまい。君は血を流したのだ」
「浦瀬は日本人だ」ルパンは傲然として言いはなった。
「おれはかつてモロッコ人を三人、一時に射ころしたことがある」

(江戸川乱歩『黄金仮面』)

自らが偏見と憎悪の的にされたら・・・という想像力が、こういうセンセイたちには絶望的なまでに欠落しているのでしょう。現実を知らぬ(知ろうともしない)、「万年純文学少年」たちと言うべきではないのでしょうか。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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[807]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
   
名前:
Kazan 
投稿日時:10/05/21()


>自分たちのロシア文学者
>への贔屓が研究を遅らせ
>ている事を自覚してもらい
>たい。

まさに「喜劇」ですね。漱石の表現を借りて言えば、「現代的滑稽の見本」と言うべきか。彼らは自分達が「あちら」からどのように見られているかを考えたことがあるのでしょうか?愚劣な片思いはやめた方がいい。「この黄猿めが!!!」と罵倒されてみて初めて思い知るのでしょう。彼らの姿勢は、「ソ連幻想」に とりつかれていた「進歩的文化人」たちを思わせます。そう言えば昔、私が個人的に知っている、或るロシア文学愛好家(間違っても「研究家」とは言いたくありませんw)が、ロシアのチェチェン侵略を擁護していたのを憶えています。私が「ロシアの行為は侵略ではないか」と反論すると、「チェチェンはイスラム王 国の樹立を目論んでいる!お前はアメリカの宣伝に踊らされているだけだ!」とロクに聞く耳を持ちませんでした。そのロシアにおいてさえ、チェチェン侵攻を 厳しく批判した映画「コーカサスの虜」(セルゲイ・ボドロフ監督)が公開され、反響を呼んでいたにもかかわらずです(この映画は10年ぐらい前にNHKで も放送されましたね。DVDにもなっています。興味のある方は是非御覧下さい)。「奴隷」というものは、「主人」以上に、その価値観に忠実になってしまう のものなのでしょうか・・・。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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[808]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
   
名前:
Seigo 
投稿日時:10/05/23()
 

    
はじめまして、Kazanさん、
続けての投稿、どうも。

Kazan
さんの指摘の通り、
ドストエフスキーがその言論活動においてユダヤ人のことを嫌悪憎悪して悪く言ったりそれに対するユダヤ人の読者からの問い糾(ただ)しに対して誠意ある返答をして いないといった事実があり、ドストエフスキーの偏見のあるそのユダヤ人憎悪の言動はドストエフスキー文学の研究者も愛好者もしっかりと受けとめるべきだと自分も思っていま す。

なお、
当トピは、そういった事実を確認していくこととともに、
ドストエフスキーがユダヤ人嫌いやユダヤ人排斥の言論活動
を行なった、
・「外的な」背景や事情
・その内実 ( ユダヤ人や彼らの活動に対してドストエフスキーの内にどういった考えや立場信条や、体験や観察があってそういった言論活動を行なったのかということです。ロシアを愛し大切にするドストエフスキーの宣揚したナショナリズムをはじめ、ドストエフスキーの思想信条の根本とも深くかかわっていてそこからも生じている事柄だと自分は思っています。)
もしっかり見て確認していくことも目当てにしていますので、その方面のことについての情報や意見があれば、それらも追加して述べてもらえれば、ありがたく思います。
こちらとしても遅々ながらそれらを確認し研究している途次であり、それらは、今後、当トピに、追々、投稿していく予定です。




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
名前:オドラデク 
投稿日時:10/05/26()


>自分たちのロシア文学者
>への贔屓が研究を遅らせ
>ている事を自覚してもらい
>たい。
 
kazan
さん
>愚劣な片思いはやめた方がいい。

「この黄猿めが!!!」と罵倒されてみて初めて思い知るのでしょう。彼らの姿勢は、「ソ連幻想」にとりつかれていた「進歩的文化人」たちを思わせます。

僕も、{ロシア・ロシア人・ロシア文化についての日本人関係者側の言動}には、Kazanさんと同様な感じを抱いています。
ドストエフスキーのユダヤ人差別等の言動に対してというより、ロシア・ロシア人・ロシア文化を悪くは言ってはいけないとする日本人関係者側の風潮ですね。
日本人のロシア文学関係者の中には、本国人以上に、オリエンタリズムな視線でロシアを美化している方々が居るみたいですね。
ロシア美人に憧れ必死にロシア語を習い、社交界のダンスパーティに憧れ、白樺の香り漂う地主美学
に魅惑されているといったところでしょうかね?




ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと
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[815]
RE: ドストエフスキーのユダヤ人批
(反ユダヤ主義)のこと

名前:Kazan 
投稿日時:10/05/31()


Seigo
さん、オドラテクさん

御返信ありがとうございます。レスが遅れてしまい、誠に申し訳ありません。

Seigo
さん

>その方面のことについて
>の情報や意見があれば、
>それらも追加して述べて
>もらえれば、ありがたく
>思います。

ドストエフスキーとナショナリズムの関わりについては、私も折を見て、随時投稿していく予定でおります。

オドラテクさん

>ロシア美人に憧れ必死に
>ロシア語を習い、社交界
>のダンスパーティに憧れ、
>白樺の香り漂う地主美学
>に魅惑されているといっ
>たところでしょうかね?

明治以来の「白人コンプレックス」も影響しているのは明らかですね。「脱亜入欧」の負の側面が、こういう問題で露わになっている観がありますね。