『カラマーゾフの兄弟』
〔事項〕
<概要>
概要
成立過程
<登場人物>
主要な登場人物
その他の登場人物
<テーマ、内容>
全小説における位置付け
全体の内容・諸テーマについて
(更新:24/11/19)
「大審問官」の章のこと
作中の知られた箇所・内容
予定されていた続編のこと
<研究書>
『カラ兄弟』の研究書一覧
<論>
『カラマーゾフの兄
弟』の論( 1
2 3 )
主要登場人物を
論じたもの( 1
)
<邦訳>
邦訳一覧
<その他>
映画『カラ兄弟』( 1 2 3 )
ドラマ『カラ兄弟』( 1 2 )
マンガ『カラ兄弟』( 1 )
概要
長編小説。舞台は、ロシアの、とある一地方の町。カラマーゾフ一家の親子とその愛人たちの間の愛憎劇と、その間に生じたカラマーゾフ家の家長殺害事件、及び、その事件をめぐる予審・公判の始終を描いている恋愛小説・家庭小説・推理小説・裁判小説・宗教小説。
「著者より(作者の言葉)」、第1編〜第12編、「エピローグ」から成る。全4部。
離ればなれに暮らしていたカラマーゾフ家の三人の息子(長男ドミートリイ・次男イヴァン・三男アリョーシャ)と父フョードルは、父の住む町の僧院の会合で一堂に会する(第2編)が、その二日後にフョードルは殺害される(第8編)。一家の財産相続及び一人の女性グルーシェンカをめぐって父フョードルといがみ合っていたドミートリイに嫌疑がかかり(▲フョードル殺害は、じつは、イヴァンの教唆を通してのその私生児スメルジャコフによる犯行だったことを、公判直前にイヴァンはスメルジャコフから知らされる▲)、予審(第9編)・公判(第12編)の結果、ドミートリイは▲有罪とシベリア流刑の判決を受ける▲。
成立過程
この小説の構想は、妻子を伴っての欧州滞在中の、『白痴』を完成させた68年の年末(47歳の時。完成の12年前にあたる。)に『無神論者(無神論)』という題名で練り始められ、翌年(69年)の末には『偉大なる罪人の生涯』と改題されて構想がすすみ、『悪霊』・『未成年』が執筆されている間も、その構想は温められた。
構想された『偉大なる罪人の生涯』という大長編小説は結局実現しなかったが、その一部分は『悪霊』(71年〜72年に発表)及び『未成年』(75年に発表)の中へと分与され、残った一部分が『カラマーゾフの兄弟』へと引き継がれた。
途中、78年の6月には、若き親友ソロヴィヨフとともにオプチナ修道院に取材に訪れて、ゾシマ長老や僧院の造型も整えられ、そのほかにも、裁判を繁く聴きにいく、少年のことを調べるなど、取材も熱心におこなっている。
56歳(78年)の夏、『カラマーゾフの兄弟』の稿を起こし、翌年(79年)「ロシア報知」の1・2・4・5・6・8・9・10・11月号に、翌々年(80年)「ロシア報知」の1・4・7・8・9・10・11月号に連載発表されて、完成した。
最終章の脱稿は、80年11月8日。初版の単行本の出版(二分冊、3000部をペテルブルグで発行)は一ヶ月後の80年12月の初め。数日のうちに半ば売り切れた。なお、『カラマーゾフの兄弟』の完成の80年の末まで、76年の初めから続いていた定期刊行個人雑誌「作家の日記」の編集は休止された。
この小説の、各章ごとにうまくまとまっている傾向は、この連載という発表形式の影響にもよっており、すでに文壇で確固とした名声を得ていた作者の大作だけに、連載当初からロシアの読書界に大きな反響・話題を呼んだ。
登場人物
(ソ連映画『カラマーゾフの兄弟』より)
主要な登場人物
※、名の右の〔 〕内は、
別の呼び名(愛称)。
ドミートリイ
〔ミーチャ〕
フョードルの長男。先妻の子。28歳。退役将校。正直で崇高な心を持ちながらも放埒でやくざな生活から抜けきれず、マドンナとソドムの両念に引き裂かれている直情型の人物。許嫁のカチェリーナという女性がおりながら、グルーシェンカという女性におぼれ、彼女をめぐって父フョー
ドルと争う。▲父親殺害当日の状況証拠から、父親殺害の容疑を受ける▲。
イヴァン
(イワン)〔ヴァンカ〕
フョードルの次男。後妻の子。24歳。雑誌に教会裁判問題についての批評を発表してその名が知られはじめた理科大学出のインテリ。カチェリーナに思いを寄せ、父と兄の啀み合いを、ある目当てをもって眺めている。神がつくったこの世界の悲惨や不条理を許容できず、神に反抗し、弟アリョーシャに創作劇「大審問官」(第5編第5章)を語って聞かせる。▲父親殺しに自分も関わっていたことを知って、裁判の終盤、気がふれ、人事不省に陥る▲。
アリョーシャ
〔アレクセイ〕
フョードルの三男。後妻の子。20歳。近くの僧院のゾシマ長老に仕える見習い僧の青年。誰からも愛され、神への信仰をもとに、人々への同情と博愛に生きる心やさしい善意の人物。
兄たちの無罪を信じ、人々の和解のために、登場人物たちの間を行き交い、奔走する。
※、岩波文庫の米川正夫訳では、アリョーシャの年齢は21歳としているが、江川卓訳や 新潮文庫の原卓也訳での20歳をここでは採った。
グルーシェンカ
(グルーシェニカ) 〔アグラフェーナ〕
女主人公。初恋のポーランド人の将校に捨てられ、町の老商人の囲い者となっていたが、今は、その老商人とは別れて暮らしている。世間からは、あばずれの悪女とみなされている。男を惹きつけるその妖艶さと肉体の魅力によってカラマーゾフ家の父と長男を手玉に取るが、
のちに▲ドミートリイを愛するようになり、彼と運命をともにしようとする▲。
カチェリーナ
(カテリーナ)〔カーチャ〕
第二の女主人公。中佐(ドミートリイの元上司)の令嬢。気位高き美貌の女性。ドミートリイの許嫁であったが、のちにイヴァンを愛するようになり、▲裁判では、イヴァンを救うために、ドミート リイにとって不利になる物的証拠を提出して、愛憎を向けていたドミートリイを有罪に導く▲。
フョードル
カラマーゾフ家の家長。先妻には駆け落ちされ、後妻には、死なれた。金をふやすことの上手さから、居候(いそうろう)の身から小地主にまで成り上がり、グルーシェンカと組んで抜け目なくあくどく金もうけをしている道化じみた好色漢。グルーシェンカに熱を上げ、彼女や家の遺産をめぐって長男と争いあっている中、▲ある日、自宅で何者かに殺害される▲。
スメルジャコフ
カラマーゾフ家の料理番。フョードルが乞食女に生ませた私生児であり、カラマーゾフ家にひろ
われ、カラマーゾフ家の老僕夫妻に下男として育てられる。自分の出生をめぐってフョードルをひそかに憎んでいる陰湿な青年。てんかんの持病あり。事件後、イヴァンの訪問を受けて▲事件に自分が関わっていたことを告げたのち、判決の前日に自殺してしまう▲。
※、スメルジャコフは誰の子であるかについては異説(グリゴーリイを父とする説など)もあり。
ゾシマ長老
近くの僧院の老僧。僧院に訪れる民衆に愛の実践を説く気さくな人格者。カラマーゾフ家の争いを心配し、和解の働きかけをするが、本編の途中、▲衰弱で亡くなり、その亡骸(なきがら)から発した腐臭は信奉者の間に動揺を引き起こす▲。第6編は、愛弟子アリョーシャが編んだゾシマ長老の言説で占められている。
その他の登場人物
☆ … 重要な登場人物
☆スネギリョフ二等大尉
町に住む退役二等大尉。一家は貧しい暮らしをしている。以前酒場で酔っ
たドミートリイに引き回されるという侮辱を受け、カラマーゾフ家と関わる。
☆イリューシャ
その最愛の息子。小学生。父の件で、最初は、町の少年たちから迫害を受け、▲病で亡くなる▲。
アリーナ
その妻。足がなえるという病にかかっている。
ニーノチカ
その、せむしの娘。
☆ホフラコーヴァ夫人
裕福な地主夫人だったが今は未亡人。カチェリーナと親しくしている。ややおつむが軽くて、遺産目当てにラキーチンやペルホーチンに言い寄られる。
☆リーズ
(=リーザ)
その娘。足が不自由で車椅子を常用。母と僧院を訪れるたびに、僧院で見習いをしている許嫁(いいなずけ)のアリョーシャを見ては、からかったりしている。プラトニックなアリョーシャとの関係に満足できず▲イヴァンにこっそり恋文を出す▲など、複雑な内面をを抱えている。
☆ラキーチン
〔ラキートカ〕
元神学生の青年。フョードル殺害をめぐる事件を取材して評論界への出世をねらうようになる。アリョーシャの友達。グルーシェンカとは親戚関係にあるらしく、彼女のもとに出入りしている。
☆コーリャ・クラソートキン
町の中学生。ませた聡明さ・大胆さで町の少年たちのリーダー格となる。▲アリョーシャを敬愛するようになる▲。
クラソートキナ夫人
その母。息子コーリャを生んだ時期に夫を亡くし、以来、未亡人。
カルタショフ
町の少年グループの一人。
スムーロフ
町の少年グループの一人。
☆マルケール
ゾシマ長老の兄。▲回心ののち、若くして病気で亡くなる▲。
☆グリゴーリイ
カラマーゾフ家の忠実な老従僕。
マルファ
その妻。
アデライーダ・イワーノヴナ
フョードルの先妻。ドミートリイの母。フョードルに愛想をつかし、ドミートリイが三歳の時、別な男と駆け落ちをし、のちに駆け落ち先でみじめに亡くなる。
ソフィヤ・イワーノヴナ
フョードルの後妻。イヴァンとアリョーシャを生み、アリョーシャが四歳の時に 亡くなる。
リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ
スメルジャコフの母。町の乞食女で、フョードルの私生児スメルジャコフを産み落としたのち亡くなる。
マリヤ
カラマーゾフ家の隣家の娘。母と二人暮らしをしている。彼女たちはスメルジャコフと親しくしていて、フョードル殺害後、スメルジャコフは、引っ越した彼女たちの家に病身を寄せる。
フェーニャ
グルーシェンカの住まいの小間使いの女中。20歳ぐらいの娘。
マトリョーナ
その祖母。グルーシェンカの住まいで料理番をしている。
ナザール
グルーシェンカが住んでいる住まいの門番頭。
ミウーソフ
アデライーダの従兄。幼いドミートリイの後見人となり、一時、ドミートリイを引き取る。
カルガーノフ
ミウーソフの遠縁にあたる青年。大学進学へ向けてミウーソフの家に寝泊まりしている。アリョーシャの友達。
マクシーモフ
町の老地主。のちにグルーシェンカのもとに住みつく。
サムソーノフ
以前グルーシェンカを囲っていた町の老商人。
ムッシャローヴィチ
グルーシェンカの初恋の人で、元恋人のポーランド人。モークロエ村にグルー
シェンカを呼びつける。
イッポリート検事
公判で論告を行なった副検事。
フェチュコーヴィッチ
公判におけるドミートリイ側の弁護士。
ペルホーチン
町の裕福な青年官吏。ドミートリイのピストルを質として引き受けたことから、ドミートリイの起こした事件と関わりを持つようになる。
レガーヴィ
(=セッター)
森林売買人。▲金の工面にやってきたドミートリイをはねつける▲。
アンドレイ
グルーシェンカが滞在するモークロエ村までドミートリイを運んだ御者。
パイーシイ神父
僧院内でゾシマ長老に仕える学者肌の神父。
フェラポント神父
僧院内で、ゾシマ長老の立場や長老制に批判的な、苦行の老神父。
☆大審問官
イヴァン作の劇詩「大審問官の章」に登場する16世紀のスペインの教会側の大僧正。
☆イエス
イヴァン作の劇詩「大審問官の章」に登場。16世紀のスペインに再来するも、大審問官によって捕らえられて幽閉され、糾問される。
私
この小説の作者。公判では、法廷に臨席し傍聴している。
ペレズヴォン
(=ジューチカ)
町の、ある屋敷の縮れ毛の番犬。スメルジャコフのいたずらで逃げ出し行方不明になっていたが、▲コーリャが探し出してきて、心配していたイリューシャを安心させる▲。
テーマ、内容
ドストエフスキーの小説
における位置付け
亡くなる80日前に完成したドストエフスキー晩年の最後の長編小説。
経済的にも精神的にも比較的安定し充実した晩年期の作として、
自己の死期を予期して渾身の力を振りしぼって書いたドストエフスキーの「小説の技量・晩年の思いや考え」が目一杯詰め込まれた「集大成・総仕上げ(総決算)」 としての、いわゆる「白鳥の歌」
と、みなすことができる。
全体の内容、諸テーマ
(更新:24/11/19)
この小説は、家長殺人事件の下手人捜しとその裁判、「親子・兄弟・男女」間の愛憎劇という一級の「推理小説」「裁判小説」「家庭小説」「恋愛小説」としても面白く読めるが、
この小説の最大の魅力の一つは、念入りに描かれた三兄弟(長男ドミートリイ・次男イヴァン・三男アリョーシャ)に典型化された三兄弟各々の性格や人柄などの人間的魅力、各々の思想の魅力とそのぶつかり合い、各々の受難と受難を通しての新生への道にあると言える。
そういう点では、この三兄弟のうち誰をこの「小説の主人公」と呼んだらいいのか決めかねるほどである。 三兄弟の新生を描いていくということに関して、アリョーシャのその後も含め、ドミートリイ及びイワンのその後の新生こそ、続編において展開される内容だったと思われる。
この三兄弟は各々、人類の苦悩を何とか解決したいという思いにとらわれていて、三人が考え、担うその解決方向は、作中に、各々提示されているが、アリョーシャやイヴァンの方向だけでなく、ドミートリイの方向も、 もっと注目されるべきなのかもしれない。
キリスト教の思想の面で、信仰・無信仰(無神論)、神は在か不在か、というテーマとして、
・イヴァン、スメルジャコフの、
この世界における罪なき子供たちの受難の事実を挙げて、この世界は神の世界であるというキリスト教の考えに大いに疑問を呈し、神の意志に反抗し、はては、すべては許されているという立場と父親殺し容認にまで至ろうとする無神論思想(第5編第3〜第5)
と
・ゾシマ長老、マルケール、アリョーシャ、ドミートリイの、
謙抑なキリスト教的な愛と赦(ゆる)しの有神論思想(神への信仰、隣人愛・実行愛、相互の罪の自覚と和解)(第6編・第7編)
の対決という図式
が読み取れる。
謙抑な信仰と実行の愛を説くゾシマ長老の教説は、そのまま、イヴァンの思想とその悩みに対する返答になっているという点には注目すべきだろう。
さらに、
この三兄弟は、各々順に、
・「情」
・「知」
・「意」
を代表する人物、
また、
・「スラブ人気質を持ち、もっともロシア的な過去と当代のロシア人」
・「ヨーロッパの影響を受けて科学的合理主義の立場に染まった近年と当代のロシア人」
・「ドストエフスキーの思いが込められた、四海同胞への博愛と和解に生きる未来のロシア人」
を体現する人物として描かれていて、
その捉え方でいけば、父フョードルは、社会改革を望む青年たちが嫌悪し追放したいと感じている過去及び当代の金や酒色を求めて堕落しきった地主階級の代表とみなすことができ、アリョーシャの指導を受けることになっていくコーリャを中心とする町の子供たちはロシアの未来を担う希望の世代として解釈できるだろう。
また、私生児で農奴であり、イヴァンの教唆を受けて彼らの「肉弾」として家長殺しを行い、のちに去勢派に走ったスメルジャコフの位置付けも見えてこよう。
過去・当代そして未来のロシアのことが大きな一つのテーマにもなっている。
三兄弟とその父親フョードルを初め、主要登場人物を貫くものとして、 善悪の深淵を合わせ持ちながら崇高なものへの憧れを失わないロシア人独自の生命力、ロシア人の魂とも言うべき、「カラマーゾフシチナ(=カラマーゾフ的なもの、カラマーゾフ気質)」を作者ドストエフスキーはこの小説を通して打ち出そうとした、という見方も行われている。
作中では、ほかに、
・親子関係(父と子、遺産相続)、兄弟関係(兄弟愛)、父殺しというテーマ、
(父フョードル及びその殺害に関しては、作中のイヴァン及びスメルジャコフのありように、農奴による父フョードル殺害事件をめぐってのドストエフスキー本人のこと(父の死をひそかに願っていたことに対する終生の罪意識)や少年期に観て強い印象を残したシラー作の劇『群盗』の同テーマが重ねられていると言える。)
・男女の愛憎のこと、老若の性愛・情欲のこと、
・少年問題(いじめの問題)、
・幼児虐待問題、
・虐げられ辱められた人たちのこと、貧困問題、飢饉飢餓に苦しむ人たちのこと、
・裁判制度に関する問題、
・国家と教会の関係についての議論、教会や長老制に対する批判、
・文明と科学的合理主義に対する批判、
・死と不死のこと、死者の復活のこと
など、様々なテーマや問題が相互の密接な連関・関連性の中で提示されている。
自分の小説は末代まで伝わっていくであろうという自信を得ていた作者は、 ロシアと全人類の教導者の自覚に立ち、未来のロシアと世界へ価値あるメッセージを送ろうとして、 作中に、ロシア正教の教えを中心に、宗教的謙譲さや愛の大事さを説く教説を多く組み入れるという結果になったと言える。
そういう点で、この大作は、第一級の「思想小説(宗教小説)」としての性格を持っている。
「大審問官」の章のこと
作中の思想上のエッセンスとしては、
中世の16世紀のスペインに再来したイエスを、当時の教会側の権力者である大審問官が捕らえて幽閉し、獄中のそのイエスに向かって大審問官が、イエスの唱えた立場(自由な信仰 や自由な愛など)を長々と糾弾し、人間にあまりに「自由」を与えたからこそ、人間社会には不幸や悲惨なことが起こっているのだとして、大審問官が、イエスに代わって新たに、「自由」を減らして民衆を「幸福」にする教権管理社会の構築を唱える(▲その長広舌に対してイエスは最後まで沈黙を通し、大審問官の長広舌が終わった後に大審問官に接吻する▲)
という内容を持つイヴァン作の
劇詩「大審問官」の章(第5編第5)
が有名である。
この「大審問官」の章は、
表向きの内容である、
・カトリック教会やイエスの立場への批判
ということを越えて、
・社会おける個人の自由と、民衆から自由を譲り受けた社会側の権力者による統治を通しての社会の安定・個人におけるパンや心の安心の確保との切実な対立
・後者の、ある意味での有効性(そして、やはり、前者の尊さ・大事さ)
を鋭く指摘したものとして、
これまで、未来社会論の観点からも、大いに注目を集めてきた箇所である。
作中の名場面の箇所・内容
(これから読む人は、ネタばれの
箇所(▲〜▲の箇所)に注意!)
この小説には、ほかに、以下に挙げた場面を初め、読者に強いインパクトや印象を残す場面や箇所が多い。作中の随所に示された崇高な精神や人間というものに対する深い洞察や理解の感得は、読者の人生における掛け替えのない貴重な体験となる。
・僧院におけるゾシマ長老と悩みを相談に来る民衆との対話の数々
(第1編の第3〜第4)
・ドミ−トリイが、善と悪(マドンナとソドム)の両念に引き裂かれる心の痛みを、アリョーシャに向かって熱く語るシーン
(第3編の第3)
・ゾシマ長老の▲兄マルケールの回心▲の話
(第6編の第2(a))
・▲亡くなったゾシマ長老を夢に見て信仰を取り戻したアリョーシャが、星空のもと、僧院の中庭に走り出て、身を投げ伏して「大地」を涙で潤し、信仰心と博愛を熱く天地へ解き放ち、「愛の戦士」として立ち上がっていく▲シーン
(第7編の第4「ガリラヤのカナ」)
・ドミートリイは父親宅へ闖入(ちんにゅう)するも、▲グルーシェンカが初恋の男に会いにいったことを知って、行き先のモークロエ村へ馬車で駆けつける▲逢瀬(おうせ)のシーン
(第8編の第4〜第8)
・▲ドミートリイが夢で、焼け出されて極貧の姿でたたずむ村の親子たちのさまを見て、熱き思いを吐露する▲シーン
(第9編の第8)
・ドミ−トリイが、自己の罪性への断罪と、太陽(神)への信仰と讃歌を、アリョーシャに向かって熱く語るシーン
(第11編の第4)
・▲帰宅したイヴァンが、幻覚として現れた紳士(イヴァンが抑圧してきた隠された自己に該当する分身的人物)と、やりとりをする▲シーン
(第11編の第9)
・公判の裁判の終盤における両弁護側による息詰まるような論告・弁論のシーン
(第12編の第6〜第14)
・▲教会での少年イリューシャの埋葬において、集まった町の少年たちがアリョーシャを囲んで感極まって「カラマーゾフ万歳!」と唱和する▲フィナーレのシーン
(第13編の第3)
予定されていた続編のこと
『カラマーゾフの兄弟』は、続編が構想されていた未完の作とされているが、現『カラ兄弟』だけでもそれなりに十分完結していると言える。
続編については、本編(現『カラ兄弟』)の冒頭の「著者より(作者の言葉)」で予告されている。
その予告によれば、続編は、本編(現『カラ兄弟』)よりも肝心なものとして、現在(事件の13年後)のアリョーシャを主人公にして、世間に出てからの彼の活動と魂の遍歴を描くことになっていた。
その具体的なストーリーとしては、青年になった町の子供たちを従えて、アリョーシャが革命家に身を投じ、皇帝暗殺未遂事件を引き起こし最後に断頭台にかけられるという内容だったとされている。
〇続編の内容を考証し
て推定した研究書
『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』
(江川卓著。新潮選書。新潮社
1991年初版。)
の「3と13の間」(p121〜p129)。
※、江川氏は上記の説(アリョー
シャが、青年となった町の子
供たちと社会革命組織を結
成し皇帝暗殺未遂事件を引
き起こし処罰されるという内
容)を取っている。
『「カラマーゾフの兄弟」続編
を空想する』
(亀山郁夫著。光文社新書
2007年9月光文社刊。)
※、亀山氏は江川氏の説を
継承しつつも皇帝暗殺未
遂事件の首謀者はコーリャ
としている。
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